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映画館の郷愁。

 父と観た映画を憶えている。あの日、どうして父と映画を観に行くことになったかを覚えてはいない。我が家は、一緒に映画を観るタイプの家族ではなかったから、それはとても珍しい営みだった。だから、あの日のことだけをおぼろげに覚えているのかも知れないし、親に手を引かれて観た映画を忘れているだけなのかも知れない。

 父はぐうすかと大きな鼾をたてていた。子供ながらに、申し訳なさを感じたことを覚えている。今思えば、まだ無垢な子供が周囲の目を気にしていること自体がおかしい。笑い話のはずだが、僕が抱いた感情は怒りだった。都合の良い組み替えかも知れないが、父を遠ざけるきっかけはこの瞬間かも知れない。大人になってもどこか埋まらない心の距離を、ふと憂う時がある。

 映画館。父母子。僕が抱いた感情が、憧れなのか、後悔なのか、教えてくれる人は誰も居ない。

 

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