湯治にて。

何もかにも八方塞がりな気がして、俺は堪らず秘境へ身を潜めた。ちょうど冬が苦しい動物が眠ってしまうように、俺は山奥の古びれた旅館に気のままに留まることにした。

宿は所々が老朽化していて、とても綺麗とは言えない代物であったが、湯の方は格別だった。名の知れた温泉でないことが惜しい。きっと頗る商才に欠けているのだろう。しかし、儲かれば幸せというのは随分偏狭な方程式であると俺は思うし、この辺鄙な場所に根を張り続けている意固地さが俺はいじらしかった。

野ざらしの露天風呂に入っていると、若い女が素っ裸でやってきた。俺は女の裸をそれ以上のものとして捉えることが出来なくなっていたから、居た堪らなくなることはなかった。それにしても、風が気持ちいい。このまま湯にすっかり溶けてしまえれば、どれだけ幸甚なことだろうか。俺は天を仰いで、無為自然を願った。

ぽちゃんとした音に何か不気味なものを感じて視線を移すと、女の姿が立ち消えていた。波紋だけはやけに広くて、対岸の俺の胸にまで届いた。そうか、女は報われたんだな。俺は部屋へ戻ると、荷造りをしてその宿を後にした。料金が奇妙なくらい安かったのは、偶然ではないことを俺は知っている。

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