義理。
ロープウェイから噴煙が望める瞬間も、彼女は青空の方を観ていた。
「ねえ、折角だからこっちも見なよ」
彼女は名前に呪われているかのように、いつも空の方しか見ない。
「いいの」
僕は彼女のことがあまり得意ではない。しかし、彼女の方はそうでもないらしい。感情と態度が一致しないところは、義姉ゆずりなのかもしれない。
世界中を見渡しても、僕と義姉くらいトラブルのない義理の兄弟はいないだろう。僕たちはどちらも、人柄は悪くはないけれども欠陥のある親をもっていた。そして、その欠陥を埋めるために早くから自立をしていたという共通点があった。等身大の思春期を迎え、独りで立つことに辟易しかけていた僕は、彼女に随分助けられたものだ。
彼女に子供ができた時、僕は素直には喜ぶことができなかった。彼女は、彼女が愛し時に憎んだ、自分の母親のようになりつつあったからだ。僕は徐々に変わりゆく彼女を見て、自分自身を訝しまらざるをえなかった。
「また、空の面倒みてよ」
彼女は空を産み落としてから、雷に打たれたかのように作品作りに没頭するようになった。僕はそれを見て、あらゆる枷を空に押し付けて、排出したような印象を受けた。
「せっかく箱根に来たんだし、ここでしか見られないものを見たらどうだい」
「いいの、空が好きだから」
彼女は唇をかたく結び、毅然とした表情で空と対峙していた。ロープウェイは風で揺れている。
「空なんて、いつでも見られるじゃないか」
「いつでも見られるものだからこそ、いつまでも見ていたいのよ」
僕は空を見据えながら、彼女の言葉を(そしてその意味について)思いを馳せた。