帰巣本能。
夜道。勤勉な信号ですらその役割を放棄する、街全体が静まりかえる時間。俺はこの時間にいつも車を走らせている。社会はそういう風に回っているのだ。
俺はいつものように車を走らせていると、前方に何やら黄色い物体がある。普段から飛ばす癖が仇となった。それは、人であったのだ。クラクションを鳴らしたが、そいつは千鳥足であった。何とかハンドルを切ったものの、ミラーで掠めてしまった。
俺はすぐ車を路肩に止めた。そこまで強い衝撃はなかったはずだが…俺はドアを開けて、黄色いコートの男を捜した。後方に、彼はいなかった。俺を何事もなかったかのように通り過ぎたのだ。顔はひどく浮腫んでおり、状況を上手く理解していないようだった。
俺は声をかけながら追ったが、彼は全く意に介していなかった。車に掠められても気付かないとは、人間の帰巣本能も捨てたもんじゃない。俺は、罪滅ぼしに彼のポケットに一万円札を忍ばせた。