葬儀前。
彼は早朝、ばつが悪そうにそそくさと帰り支度を始めた。いつもは時間いっぱいまで部屋に残るので、それは珍しい出来事だった。
「どうしたの?」
私はベッドから上半身を起こして、彼に尋ねた。
「ちょっと、用事があって」
「珍しいね」
「どうして?」
「いつも用事がない時に、私を呼ぶのに」
彼は証拠を突きつけられた被告みたいな表情を一瞬浮かべ、笑ってそれを誤魔化した。他の男もそうだが、彼らの行動から単純な思考は筒抜けである。(あるいは、私がそのような男にだけ合うジクソーパズルのピースなのかもしれない)
「今から、葬式があるんだ」
彼は長袖のシャツを着ながら、そう言った。
「葬式?」
「うん。ひいおばあちゃんの」
彼はまるで大学の授業程度のことのような声色で、私は少し混乱した。
「葬式の前に、どうしてわざわざ私と会ったの?」
「どうしてって……それより前から決まってたから」
私は呆れて、少し彼がいやになった。
「よくそんな気分になれるね」
「だって、俺が死んだ訳じゃないもの」
彼は宿泊料金をテーブルに置いて、ソファーの上の鞄を取った。
「悲しくはないの?」
彼はやれやれといった表情を浮かべて、私を諭すように呟いた。
「人が死ぬのは、なにも特別なことじゃないよ」