一本の長い髪の毛。
洗面台の前、いつものように整髪剤を付けていると一本の長い髪の毛を見つけた。他の髪の毛の倍以上の長さで、肩にまでかかっていた。僕は首を傾げながら(何せ僕は、毎月決まった日に床屋へ行く生活を長いこと続けていた)、その長い毛を摘まんだ。チクリとした感触が走り、それが髪の毛に付帯した痛覚であることに気付くのには時間がかかった。まるで一本の神経が飛び出してきてしまったように、その髪の毛は痛覚を携えていた。
一本の長い髪の毛は、尻まで伸びていた。風が吹けば腰が抜けるほどこそばゆいし、早歩きをすれば擦れて声が出るほどに痛い。一本の長い髪の毛は、その長さに比例するように痛覚も敏く、鋭利なものになっていた。抜くことを試みてはその痛みに悶絶し、諦める他がない所まで来てしまった。
しかし、その瞬間は突然訪れた。風に揺られた一本の長い髪の毛はハラリと頭皮を離れ、静かに道路へ落ちた。僕は胸を撫で下ろした。刹那、形容のし難い痛みが僕を軋轢した。落ちた長い髪の毛を道行く人が踏んだのだ。その痛みは僕の身体を離れても継続するのだ……発狂する僕を見て、道行く人々は足を早め、乱雑にその髪の毛を蹂躙し続けた。