雪夜。
「私は、死んだ雲がそのまま落ちてきたみたいな豪雪の日に産まれました」
彼女はようやく語り始めた。
「私はその日のことを、まるでその映像を何度も見せられたかのように、鮮明に憶えています。まだ、それが雪であることは知らなかったけれども、降りしきる牡丹雪を、白ばむ窓越しに私は眺めていました」
彼女の記憶だけが頼りなのだ。私は、焦燥感を隠すようにコーヒーを一口啜った。
「そこには父がいて、母がいて、もう一人女性がいました」
「失礼……それは、助産師さんですか?」
彼女は眉をひそめた。
「いえ、違いますね。彼女が何か?」
「失礼……言い方に含みがあったので」
彼女は軽く腰を持ち上げ、椅子に深く座りなおした。
「彼女は、私にとってとても大切な人間です。彼女がいなければ、今の私もあの頃の私も……」
私に残された時間はもうほとんどない。それなのに、結えたと思うたびに解れていく。心臓の鼓動が高まる。そのような私とは裏腹に、雪はしんしんと積もり続ける。あるいは、彼女が生まれた夜もこのようであったのかもしれない。
「失礼」
そう言った時には、もう遅かった。