夜の回廊。
ドビュッシーの調べが回廊に響く。「ベルガマスク組曲」の一節だ。回廊には誰もいない。この国は極めて平和だから、守衛も日が昇るまでは安らいでいる。回廊は静かに佇んでいる。
誰がためにドビュッシーの調べが回廊に響いているのだろうか? 分からない。誰がこの組曲をセレクトし、誰が何処から演奏しているのだろうか? 分からない。なぜ、僕の意識が夜中の回廊に閉じ込められているのか? もちろん分からない。僕が分かることは、響く調べがドビュッシーによって編み出された、という事実だけである。
月の光。回廊はとても堅牢な壁に包まれていて、そのたおやかな明かりは届かない。美術家達の叫びが、ただ静謐にそこに存在している。じゃあ、僕の意識は? じゃあ、僕の意識は? 回廊には様々なものが混濁している。それらを内包している。時間軸が交雑する。スポットライトが乱れる。
日が昇れば、僕の意識はあの忙しない個体に戻るのだろうか。この調べに浸って、回廊に溶け込めればいいのだけれども。