露天にて。
昨夜は久方ぶりの乱痴気騒ぎで、目覚まし時計がけたたましく鳴ったところで友人はみんな死んだように眠っていた。僕も気絶するくらい酒を飲んだのだが、身体にはアルコールがちっとも残っていなかった。僕は、まるで健康的な朝を迎えたように身支度をし、一人で朝風呂へと向かった。
露天風呂には誰もいなかった。こぢんまりとした宿は、これだから良いものだ。僕はシャワーで身体を軽く流し(不思議と寝汗すらもかいていなかった)、すぐに湯船に全身を投げ出した。湯はあまりにも格別で、僕自身が湯の方に溶け出してしまいそうだった。
「気持ちが良いですなぁ」
僕が呆然と景色を眺めていたら、背後から声が聞こえた。振り返ると、眼鏡をかけた痩躯な中年が湯に浸かっていた。頭の上には、バスタオルを折りたたんだものを乗せている。バスタオル?
「そうですね」
「旅先は、朝風呂にかぎりますなぁ」
「本当にそうですね」
「素敵な出会いがあるものですなぁ」
「……そうですね」
中年の話し方はどこか歪だった。まるで、全ての歯を抜いてから、順不同に並び替えて挿したように歯痒い。僕は、風呂から出ようと思った。ちょうど、のぼせてしまいそうなくらい浸かった所だった。
「そんなに浸かったら、もう動けませんなぁ」
僕は自分の脚の居場所を見失っていた。まるで、脚が湯に溶け出してしまったみたいに。中年は、蛇のように割けた舌を伸ばしてほくそ笑んだ。
「久し振りのご馳走ですなぁ」
「おい」
目を開くと、友人の浮腫んだ顔があった。
「ひどい汗じゃないか。君自身が、溶け出しているみたいだ」