果に因りて報いに応じる。(坊っちゃん文学賞応募作)

 「…今月は何人が死んだのですか?」
 「えっと、まだ集計が追いついていないんですが、ざっと…三十万人でござんす。」
 「こんなに死んでしまうだなんて…あの時以来ですね。」
 「そうでやんすね…。しかも、大勢が広場でストライキをしているようで…。」
 「しっかり説明するしかないでしょう。私には、そうすることしかできませんから。」
 私は席を立った。私が丁寧に説明したところで、彼らの悩みは解決されないかも知れない。しかし、私はせめて自分自身が出来ることをやらなければいけないと思う。それが私に課された責務であり、使命である。

 私が広場へ向かうと、既に溢れんばかりの人間達が、陽炎のようにざわざわと蠢いていた。その全員が私を、まるで私だけが悪いといったような鋭い視線で睨む。私は、早まる鼓動とは裏腹に、ゆっくりとステージの中央へ歩みを進めた。人間達との距離が近づくにつれて、鋭利な視線は私の全身を刺す。私は久方ぶりに大挙する人々に、口がひどく渇く。ステージの真ん中に立ち、向かい合う。
 「みなさん…こちら側へようこそ。みなさんは、現世での天寿を全うし、これからこちら側の住人となる訳ですが…」
 私の挨拶を余所に、死に人達は怒号を私に浴びせ始める。
 「ふざけんな!」
 「天国じゃねぇのかよ」
 「あんなに苦しい思いをさせるなんて…」
 よっぽど納得がいかなかったのであろう。死に人達の喧噪は夕立のように激しい。
 「静粛にお願いします。…落ち着いて聞いてください。」
 「落ち着いてられるか!」
 一人の青年が集団から飛び出し、私へ猪突猛進する。
 「おい、あんた。俺がなんであんな訳の分からねぇ病気に罹らなきゃならなかったんだ。俺は勉強も頑張って、必死に夢を叶えようと藻掻いている途中だったのに。よりによって、なんで俺だったんだよ。俺の未来を奪ってあんたは楽しいのかよ!」
 「…無理もありません。ただ、私はあなたの命を奪ったのではありません。私は死に人の記帳をするだけでございまして、あなた方を受け入れるだけなのであります。」
 「ふざけんな。あんた神様じゃねぇのかよ。」
 「あなた方の定義では、確かに神様といえます。しかし、その多くはフィクションで語られていましたので、思い描いていた姿とは異なるのです。私はこのようにあなた方を受け入れるだけで、命を奪うことも、はたまた蘇生させることもできません。」
 青年の顔は蒼白になり、俯いてしまった。
「そんな…。それじゃあ、せめて教えてくれよ。どういて俺はあんな病気に罹って、死ぬことになったんだい?」
 「…あなた方は報いに応じたのです。」
 「…報い?おいおい、そんなものをくらう覚えは俺にねぇよ。俺は至極真っ当に生きてきたし、弱い者いじめなんかもしたことは…。」
 「それが、あなた自身の報いではないのです…。」
 「…どういうことだい?」
 「少し長くなりますが、丁寧に説明するので聞いてください。私には、事実をありのままに説明することしかできませんので…。
 あなたも知っているかとは思いますが、先の戦争についてお話いたします。といっても、あなたは戦争について文字列でしか知らないのでしょう。あれは大変凄惨な行いでした。考えてみてください。殺人とは簡単な行いではありません。人を撃ったら血が流れるのです。人間は本来血を望まない種でした。流される血は最低限のものであったし、そのことを何よりも自負していた種でした。それがあなた方のご先祖さん達は分からなくなってしまったのです。人を殺し、それを称え、誇りさえしたのです。…極悪人たちはいいのです。自分自身がこの上ない報いに応じるからいいのです。…しかし、あまりにも多くの人間が、それに参画してしまったのです。しかも、罪を感じることなしに。多くの人はそれが正しいことだと誤認し、自覚なき罪に足を踏み入れてしまいました。その数は計り知れません。こちら側で裁ける人には限界があるのです。とんでもない極悪人以外は、こちらも保留せざるを得なかったのです…。
 このような人々には、魂として現世に留まってもらいました。極悪人の報いが終わったら、然るべき報いに応じてもらう予定でした。…しかし、極悪人達の罪は余りにも重く、それに対する報いもまた計り知れないものでした。報いが終わらないのです。私は永らく人間が織りなした罪に向かい合ってきましたが、こんなことはあり得ませんでした。文字通り、人間業でないのです。彼らは人間ですらなかったのかもしれません。
 彼らの報いがなかなか終わらない為に、〝報い待ち〟のみなさんには現世に留まり続けてもらうばかりでした。魂となった〝報い待ち〟の皆さんは、その間ずっと、かの戦争を忘れ発展していくあなた方を見てきたのであります。留まり続けることは、内省へと繋がります。〝報い待ち〟の皆さんは随分考え続けた結果、自分がしたこと、つまりは人を殺すことを目的としていたことが、間違っていたことではないかと気付き始めます。宗教的価値観も信仰も、魂になってしまえば弱くなりますから、徐々に悟り始めるのです。そして、魂として留まるみなさんは大いに反省いたしました。あぁなんてことをしてしまったんだ、と毎日懺悔いたしました。…しかし、こちら側に来てしかるべき報いを受けていただかないと、彼らが皆さんのいうところの成仏はなされえないのであります。そのことが…今回の…。」
 「どういうことだい?」
 「…。反省を続ける期間が余りにも長過ぎたのであります。皆さんがよく言うように、悔い改める人は救われるべきだったのです。…しかし、こちら側はそうできていませんでした。形式的な報いがない限り、ずっと待機してもらうしかなかったのです。やがて、魂として留まった皆さんは、ふと疑問が浮かび始めます。『俺達はこんなに反省しているのに、どうしてまだ成仏できないんだ?』そんな声を一人があげると、鎖のようにそれが連なります。…いつの世も、反省の先にあるのは逆上です。〝報い待ち〟に辟易した魂の皆さんは怒りに充ち満ち始めました。そして、目の前で楽しそうに恵まれた生活を送る皆さんが憎くなり始めます。『俺達は魂として留まることしかできないのに、こいつらは…』魂の皆さんはついに限界をむかえてしまいました。
 中国のある地方で、ひとつの魂が目の前を通りかかった人間に攻撃をしかけてしまいました。それを見て、〝報い待ち〟の皆さんの枷が外れてしまいました。周りの魂も、一斉に攻撃を始めてしまったのです。その拡がりを止める手立てはなく、ついには世界中で〝報い待ち〟だった魂による〝報復〟が始まってしまったのです。…あなた方は、被害者なのです。不合理な報復を受けただけなのです。大変申し訳ございません。しかし、私にはどうすることも…。私に、皆さんが思い描く様な力さえあれば…。」
 私は言葉に詰まってしまった。しかし、これが事実である。私にはどうすることもできない。理由の分からない出来事に現世の人々は苦しむが、はたしてこのような理由がわかったところで、納得しうるだろうか?ここまで理不尽な真実を、受容しうるだろうか?こちら側の都合だけで、さらなる数多の罪のない人間がその人生を全うすることなくこちら側に送り込まれてしまった。私に力さえあれば…。しかし、神様の願いを叶える存在はどこの世界にもいるはずはなく、私は大勢の惑う人々の前で涙をこぼすばかりであった。

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