ネクタイ人形。
カフェテリアには、クールビズスタイルの青年が一人いるだけだった。
「ここは広々としているし、いつも静かなの」
彼女は静かな店にやたらと詳しかった。まるで、彼女自身が静謐を引き連れているみたいに。
「でも、日曜日の昼時にここまで静かだなんて、この店はやっていけているのかな」
「それは私たちが考えることではないわ」
青年は熱心に書き物をしていた。ノートのサイズから推し量るには日記でありそうだが、エッセーのようなものなのかもしれない。そもそも、日記もエッセーの一部であるとも思うけれども。
彼女が頼んでいたグアテマラコーヒーが2杯届いた頃、青年はバックから縞模様のネクタイを取り出した。シャツの1番上のボタンを綺麗に締め、猫を施術する医師のような手さばきで首元にくぐらせた。しかし、彼はねじまきが切れた人形のように止まり、しばらく動かなくなった。そして、結び目を解いて、もう一度同じ動作を繰り返したが、やはり同じ箇所で止まってしまった。それを何度も繰り返した。首元をくぐらせる、結び目をつくる、止まる、結び目を解く。
「まるで、ネクタイの結び方を忘れてしまったみたいだ」
彼女は呟いた。
「あるいは、彼は生まれ変わったのかもしれないわ」