豊かな余裕。
湿気混じりの朝方、バルコニーでぼうっとしていると一羽のカモメが柵に止まった。海からは随分離れているこの地にいるとは、なかなか数奇なカモメだ。
「おい、こんな時間に何してやがる」
僕はいささか吃驚したけれど、酔いが良いように作用して解釈した。つまり、カモメが日本語を語ることだって、想像できる時点で現実せしめるのだと。僕はカモメに応答した。
「見れば分かるだろう。煙草を吸っているんだ」
「頭が悪いやつだ。それを含めて、何をしているんだと聞いているんだ」
ずいぶん口の悪いカモメだ、と僕は思った。動物が人間の言葉を話す状況を浮かべる時、丁寧な言葉遣いを想像することは間違いだったのだ。
「それに答えるなら、何もしていない、という他がないな」
「気楽なものだな。俺たちがそんな余裕をみせれば、子供だって守れないし、餌にだってありつけない」
「人間はこれまでずっと頑張ってきたから、今の余裕があるんだ」
不意に、カモメと口論をするくらいなら、眠った方がましだと思った。僕は拳を柵に振り下ろしてカモメを追っ払い、部屋に戻りすぐベットに潜り込んだ。そして、先人たちの礎の上で、豊かな眠りに身を委ねた。