空飛ぶカエル。
空飛ぶカエルが夢に干渉するようになってから暫くが経っている。僕は元来カエルの造形や粘膜を厭悪していたから、初めて空飛ぶカエルが登場した時、恐ろしい悪夢の到来を予感した。しかし、予想とは裏腹に空飛ぶカエルは性格の良い粋なヤツだった。
「あの娘と寝たいんだろう?」
空飛ぶカエルは翼をばたばたとはためかしながら僕に尋ねた。
「そりゃあ、寝られるならね」
夢の良いところは、現状を確認するだけの無意味な質問を省ける所だ。僕の脳内のイメージ世界でもあるから、脳の思いのままに言葉を象ることができるのもノンストレスでいい。
「よし、それじゃあお前の得意な場面に転換しよう。二軒目のバーで、お前の思い通りに過ごすがいい。寝られるかは保障しないが、今よりはずっといいだろう」
空飛ぶカエルはけたけたと嗤ったが、不思議と僕を不快な気分にはさせなかった。確かに、彼女と闘技場で殺し合ってから寝られる訳がなかったし、僕は場面の転換を心から望んでいたのだ。
「さて、それじゃあ移るぜ」
空飛ぶカエルは、大きく喉仏を膨らませた。すると張り詰めた表皮が、徐々に輪郭を象りはじめた。それは、ともすればぞっとする奇妙な映像であったが、不思議と僕はモダン・アートのように解釈することができた。輪郭は研磨されるように彼女に近づいていき、闘技場はストロボのようにちかちかと瀟洒なバーへと移ろっていった。
「どうして、ハンキー・パンキーを勧めるの?」
僕はすぐに溶け込んで答えた。
「〝神秘の媚薬〟、だから」
空飛ぶカエルのお陰で、僕は毎日の睡眠が楽しみで仕方がない。明晰夢と言われれば少しやるせないけれど、空飛ぶカエルのお陰だと言えば幻想的な余白が生まれるから素敵だ。