神様は眠らない。
僕と彼女は揃って芸術的な不眠症だった。僕達は三日三晩ぶっ通しで過ごしたこともある。フランクフルト行きの機内だって、ハーフ・マラソンを走り終えた後だって、僕達に眠りは訪れなかった。
「私達って、眠りの神様に嫌われているのかしら」
「あるいは、不眠の神様に寵愛されているのかもね」
僕達は決して特別な人間じゃないから、眠りはもちろん必要な営みである。それだから僕達は日常的によく転んだし、息があがってしまうことも多かった。僕達はお互いに理解し合い、支え合う人間を必要としていた。
「ねえ、起きてよ」
彼女が何度も僕に本を投げつけたから、二日ぶりの転た寝がまた遠くへ行ってしまった。お互いに睡眠が訪れた時は干渉しないことが、僕達の守らなくてはいけないルールだった。
「どうして、起こしたんだよ」
18分も眠れたから、僕の脳は興奮していた。
「私も眠れそうだったのに、あなたが眠るのがいけないんじゃない」
「君も勝手に眠ればよかったじゃないか」
「私はひとりぽっちがいやなの」
「そんなエゴイズムで、僕の貴重な睡眠を奪ったのか?」
彼女は声を上げて泣き出した。
「だって、神様は眠らないわ」
僕は鬱陶しくなってドアの外に出たが、すぐに転んでしまった。