風の城。
彼女は突然立ち止まると、錨を下ろしたように僕を引き留めた。僕が視線で疑問を呈すると、彼女は黙示録を静かに読み上げるみたいに呟いた。
「この先に、風の城があるわ」
彼女は時々、リリージョナルな啓示を受けることがある。しかし、風の城なる言葉は、これまでの彼女から考えるにいささか抽象的過ぎた。
「身体は巻き上げられ……散り散りになってしまう」
「……でも、音がしないよ」
「それは、都会を生きて垢が溜まっているから」
「落ち葉も、何てことはないよ」
「落ち葉は穢れていないからよ」
目の前には、空間と形容する他がない空間が、その日常を謳歌するようにただ存在している。厭味なくらいに風一つない、のどかな午後2時39分。彼女の手はじっとりと汗がにじみ、冷たい。怯えているのだ。
「じゃあ、反対側に回ろうか」
「……駄目。一帯が風の城の領域になっている」
「でも……家は向こうに……」
蛇足。彼女はもう梃子でも動かないし、メレンゲを押すような刺激で泣き始めてしまう。うずくまる彼女の手は、彼女自身が溶け出しているみたいにびちゃびちゃになっていた。