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磯の鮑の片思い。

言葉には力がある。人を傷つけるだけのナイフのような言葉もあるが、美しく示唆に富む言葉もある、私達は後者を愛で、遺していく必要がある。そしで、それには物語が適していると思い、このような文章を書くに至る。

磯の鮑の片思い。鮑は巻き貝であるが、殻は二枚貝の片方に見える。人は不思議と貝に魅せられるものだ。姿も形もてんで等しくない貝に、なぜ我々は数多の思いを仮託してしまうのか。

潮騒。潮騒は、母の子守歌に似ている。寄せては返す波の音は、不思議と聞き入ってしまう。それは、我々のDNAに刻み込まれた母なる海の声だからかも知れない。なぜ、海を離れなければならなかったのか。陸へと誘う一歩は何たる所以であったのか。母なる声を通し、考えてしまうからかも知れない。

ぼんやりと海辺で煙草をふかす。潮騒に耳をすませ、吐き出した煙を通して月を眺める。磯の鮑の片思い。まるで僕のためにあるような言葉だ。

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