黄泉。
「正直言ってさ、ここはまさに地獄だよ」
僕はその言葉の意味を推し測るべく、黄泉の国を見渡した。そこは瀟洒なホスピスの庭園みたいに、牧歌的な世界だった。
「確かに、見かけはいいよ」
彼女の声は、死んでいることが嘘みたいに真に迫っていた。
「でもさ、おかしいと思わない? 世界中の死者がこの場所に集まっているはずなのに、人が全然いない」
世界中の死者がこの場所に集まっている。僕は頭の中でそれを繰り返した。僕はここが彼女の為だけの世界であると錯覚していた。確かに、人は全然いない。
「私には、つまり死者の側からは見えるんだけどね、魂はうようよしてるんだよ。ルクセンブルクの通勤ラッシュくらいには、魂がいる……どうして私だけが肉体を維持しているんだと思う?」
分からない、と僕は言う。
「この世界で、肉体を維持するのには相応の負荷がかかる。要は、死ぬ瞬間に感じていた痛みが、常に私の身体には課せられている。みんな、それに耐えきれなくなって魂になるんだ」
彼女は死んでから3年もの間、ずっとその痛みに晒されているのだ。僕は彼女の冷たい肉体を強く抱き締めた。ふっ、とその肉体が魂に戻るその瞬間まで。