黒衣という嗜み。
黒衣として、舞台に立ってからもうしばらく経つ。正攻法で舞台に上がるために、僕はなにもかもが足りなかった。地盤、看板、鞄。この狭い世界では、確かに政治力が必要である。もちろん、それを凌駕する才があればよかったんだけれども。
しかし、黒衣として舞台に上がることは、予想に反してエキサイティングな営みだった。ないものとして、観客の視線を躱す。舞台上で本当に消えてしまう瞬間があるのに、あなたは気づいているだろうか。ある種の職人性が、この役割には求められる。
黒衣を人生の一部に組み込むと、ずっと生きやすくなるだろう。ないことを自認する。ないものとして振舞う。あなたも試しに、街や電車で黒衣になってみるといい。その経験はくさやの様に、他では変え難い快楽をあなたにもたらすだろう。