パラレルワールド。
よもや、パラレルワールドは宇宙の外側に存在していると思っていたが、それは大きな間違いだった。パラレルワールドは、私の内側に存在していた。確かに、我々は世界を外側に認識しがちであるが、それは数多の刺激を脳内で解釈したひとつの総体にしか過ぎない。パラレルワールドなるものも、脳内に孕んでいると考える方が自然だ。そう、我々の脳内には、幾重もの世界が重奏的に、あるいは多次元的に、拡がっている。
僕は、そのうちの一つの世界線の映像を捉える。雨上がりの、不快な暑さが部屋を包んだ昼下がりのことだった。僕は(あるいは、僕なる者は)、口笛を吹きながら、何かの象徴のような陽気さで道を歩いていた。雛道、当分すれ違う人はいなかったが、前方から麦わら帽子の女性が歩いてくる。それは、一人の人間が何万回、何億回と経験するすれ違いの一度であると僕は思信じて疑わなかった。しかし!それはn=0だった。麦わら帽子の女は、唐突にピストルで僕を穿った。僕は、僕なる者は、呆れるほどにあっさりと死んで了った。
僕は、不快で充ちた部屋に意識が戻る。なるほど、そういう人生もあるんだな。我々は常に風船の灯火のような可能性に身を委ねながら、それに気付かないふりをして生きている。僕は残酷にも、それがパラレルワールドでの出来事であったことに安堵していた。