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鋏。

涙が裁断された。私の湿った眼球を縫うように鋏が這い、涙という現象として裁断された。誰かが私を思っている。遠くの場所から、あるいは草葉の陰から、はたまたベッドの下の陰鬱な空間から。私を強く求め、私を蹂躙しようとしている。そう思うと、涙が零れた。どちらも涙と形容することしか出来ないのがもどかしい。しかし、その二つには鋏で切断するまでもなく、大きな隔たりがある。

机の上には、鋏がある。私はそれを撮り、それを描いている。この空間には、鋏と呼べるものが3つある。映写された鋏、素描された鋏、鋏を象った金属。私の涙を裁断したのは、一体どの鋏であるのだろうか?

私は人差し指で瞼の膨らみを幾度かなぞり、皮越しに眼球を押す。眼窩底骨を押す。趣味の悪い骨格標本を思い出す。闘いに敗れた頭蓋骨を思い出す。それは涙の周辺にあるものたちだ。その遺物だ。私は鋏をイメージして目を閉じる。椅子に深く座して、鋏の鋏らしさを強烈にイメージする。

鋏。私は鋏にはなれない、と思った。



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