回転を止めないビール缶。
唐突だった。音もなく、予兆もなかった。気付けば、ビール缶は高速で回転をしていた。それは0と限りなく隣接をした100だった。完璧な静止と表裏一体な、欲情的な動態だった。指で触れれば、僕は次元を跨いだ越境をせしめるだろう。弾けて向かう先は、デボン期のカナダかも知れないし、パラレルワールドのチョモランマかも知れない。静寂が不気味だった。周囲の音を、陽子を電子を、すでに飲み込み始めているのかも知れない。もう終わっていて、僕はその過程の終盤にいるのかも知れない。
ビールは半分くらい残っていた。最後の晩餐を、平安時代の上品さで締めくくるのは口惜しい。それは、ビールではなかったのかもしれない。多動的な超エネルギーを孕んだ液体を飲んだとすれば、僕の肝臓はすでに木星と繋がっている可能性がある。小腸は宇宙エレベーターのひびを塞ぐ糊になっている可能性がある。ビッグクランチの三角持ち合いを抜けるのは、たった今なのかもしれない。
宇宙が閉じた後も、ビール缶は回転を止めないだろう。やがて、生命の萌芽がビール缶の中に誕生しても、すぐに爆ぜて消えてしまうだろう。そこには時間がない。知覚もない。でも、存在している。17次元は、だいたいそういう場所だ。