青い鱗粉。
青い鱗粉が失われていく。無邪気というものを憎むことは出来ないが、少年は好奇心に苛まれ、蝶の鱗粉を絵の具をすくうみたいに絡め取っていた。繰り返すが、このことで少年を責めてはならない。これは、少年にとって重要なイニシエーションなのだ。命を奪うことが目的ではなく〝蝶の鱗粉をすくいきる〟という首尾一貫としたテーゼなのだ。誰しもがそのようなイニシエーションを経て、成長する。少年にとって、それが偶々〝蝶の鱗粉をすくいきる〟だったのだ。
少年は指を唾液で湿らせ、丁寧に丁寧に鱗粉をすくっていった。指の腹が真っ青になると、隣の指でそれを繰り返した。右から始め、左手の中指までいったところで蝶は透き通った。その羽は美しかった。しかし、もう羽ばたくことはできなかった。少年が「鱗粉すくい」に耽溺している間に、蝶は死んで了っていた。少年が蝶の美しい羽から指を放すと、蝶は垂直に落ちた。ヒラヒラと舞うことを信じて疑わなかった少年は、少なからず動揺した。そして、少年はそのような心の揺らぎに対処する術を持ち合わせていなかった。
少年はスニーカーの底で蝶を踏みにじった。しかし、指にべっとりと塗れた青い鱗粉はなかなか消えなかった。