ねむりひめあそばせ。
「彼女は、ねむりひめになってしまったようです」
医師は諦めたように呟いた。しかし、ねむりひめ? そんな御伽噺のような話が、この情報化された世界でありうるのだろうか。
「ねむりひめ、というのは」
「ねむりという営みは、ともすれば危険を伴います」
医師はねむりひめの前髪をながし、揃える。
「あなたには、ねむりだけを希求する一日を経験したことがありますか? 」
「ねむりだけを希求する」
僕はその言葉の意味を確かめるように繰り返した。
「ねむりは時に恍惚になり、時に鋭い刃にもなります。つまり、ねむりとは適切な距離感をもたないと侵食されてしまうのです。ちょうど、このように」
ねむりひめはうっすらと微笑みを浮かべ、夜の静寂のような鼻息が聞こえる。
「残念ながら、彼女は自分が眠っていることさえ、気付いていないのです」
しかし、それは永遠に生きるということだろうか。僕は、ねむりひめが少し羨ましかった。