刻。

刻(こく)は、一般家庭のサンプルを欲しがっている宇宙人が泣いて喜ぶほど平均的な家庭で生まれた。父親は高校で世界史を教えていて、母親は区の図書館で事務をしていた。兄は、地元でまずまずの高校から、東京の中堅私立に進学した。非の打ち所のない、一般家庭だった。

その一般性が数多の壁と同じように崩れたのは、両親が刻という名を臥してからに他ならない。ごく控えめに言って、その家族が奇をてらったような名前をつけるとは考えづらかった。常用漢字に常用漢字を重ねて、訓読みをする名前以外、親族にはいなかった。それだから、それは運命の悪戯というほかがない。何かのきっかけで、彼女は刻と名付けられた。

刻は、自分の名前の由来を両親に聞く度に、溜息をついた。両親は、居心地の悪い笑顔を浮かべるだけだったからだ。両親だって、その意味はとうに見失っていた。刻は、その意味についてよく考えて、幼少期を過ごした。

世界中のよく考える子供は、決まって小説にその答えを求める。刻も、その例から漏れなかった。母の影響で、本は腐っていても気付かないくらい与えられた。世界文学全集を読み、その後日本文学に魅せられた。少し早い思春期を迎え、谷崎に陶酔した。そして、『谷崎潤一郎全集』の中の一編「刺青」を読み、刻の運命の歯車は音を立てて噛み合った。

-このタトゥーの意味は?

「これは、子供の頃の私の弱さを象徴しているの……でも」


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