色喰女。
ポルシェよりも真っ赤なコートを着た女が座っていた。僕がこの女性と出会うのは二度目だ。駅前の本屋ですれ違った時、あまりにも印象的な赤色のコートだったから覚えていた。僕はいささか驚いたのである。何気なく乗った電車に、その女が座っていたのだ。女から見たら、僕はいかなる記号性も持ち合わせていない男性Aであるだろう。いや、Aを名乗ることすらもおこがましいくらい、置き換え可能で無帰属的な男性の一人だ。しかし、僕から見れば、「ポルシェよりも真っ赤なコート」という属性の元、女を認識している。何とも、不思議な由縁だ。
僕は、導かれる様に女の正面に座った。彼女の顔はチラリとも見ることが出来なかった。僕は男性Nなのだ。視線の行き場を探して、車窓に流れる景色をぼんやりと眺める。女の余りにも明瞭な赤は反射する。カーン。明かりが射し込むと、外は真っ白な雪景色であった。僕は吃驚した。女は、色という色を吸い取って、赤を赤たらしめているのだ。