逃げる愉しみ。
罰がなければ、逃げる愉しみもない。昔読んだ小説の冒頭が、ふと頭に浮かんだ。罰、逃げる愉しみ。ちょうど、逃げる準備が整ったタイミングだった。
振り返って見ればそれは不毛なことのように映るが、僕は逃げるために努力を続けてきた。後ろから迫り来る、足音が堪らなくいやだった。僕は逃げるための道を模索するようになった。しかし、逃げることは覚悟がいる以上に、非常に難しかった。共に逃げようとした仲間達は、一人また一人と諦めていった。僕だけが、アンディ・デュフレーンだった。
逃げようとする僕を、すれ違う人は訝しがった。この人は、どうして逃げるんだろう? この人は、どうして諦めないんだろう? 視線は針になって、私の節々を刺した。それはとても辛く、とても苦しかった。しかし、僕は逃げた先の世界だけを思って、一心不乱に準備をした。手段は選ばなかった。身体に突き刺された針さえをも、体内から取り出して道具にした。
さて、逃げる件は整った。しかし、言葉が私を押し止める。罰がなければ、逃げる愉しみもない。罰とは、一体なんだろう? 逃げる愉しみとは、一体なんだろう? この穴は、全く新しい世界へと繋がっている。希望の道。希望の道だと思っていた……僕は入り口の前で、その言葉の意味について考えている。