ロゼッタストーン。
少女は川縁でいつも一番大きな石を探した。
「もうあれ以上の石はないだろう」
少女は納得がいく大きさの石を見つけるまで、川縁を歩き続けた。僕は一度革靴を履いていった時、駄目にしてしまったことがあるくらいだ。
「これにする」
前の石がよかった、と少女が引き返したことは一度もなかった。少女を突き動かすのは、この先に理想の石があるに違いない、という確信なのだ。
少女は、自分の臍くらいの高さがある石の前にしゃがみこみ、持参した良質なチョークでメッセージを残し始めた。内容は少女の詩的な感覚に委ねられ、毎回内容は異なったが順番は変わらなかった。初めは日本語で、次にドイツ語で、そして最後にオリジナルな象形文字で。
「石のあるところに連れてって」
僕がロゼッタストーンの喩えを使用した後、少女は僕に心を開いた。それは、単に長い時間をかけたことで解決しただけなのかもしれないし、少なくともたったひとつの必要十分条件であった訳ではないだろう。しかしロゼッタストーンには、ロゼッタストーンがあったから、と思わせる妖艶さを確かに孕んでいる。
「ねえ、愉しいかい」
少女が嘘の伝言を書き終えた時、僕は尋ねた。
「宇宙人がこの石を頼りに私たちの言葉を研究したら?」
「出鱈目な言葉を、自信ありげに話すだろうね」
「それって、とってもおもしろいわ」