猫のいない街。
市境を示す看板を過ぎた途端に、助手席の彼女は青ざめた。車内の気温すらぐっと下がってしまうような、不気味な何かは僕の気分も鬱屈とさせた。
「ねぇ、この街ってどこかおかしいと思わない? 」
「うん、僕もそんな気がする」
しかし、奇妙なほどのどかな晴天で、牧歌的ですらあるこの街のいったいどこがおかしいのだろう。
「ねぇ、やっぱり思い違いなんじゃないかな」
僕は、彼女が間違っているとしか思えなくなってきた。
「.......猫がいない」
「え? 」
「この街には猫がいないんだわ」
「ねぇ、猫がいないこととこの街が不気味なことに何の関係があるんだよ」
「あなたは、猫がいない街を想像できる? 」
「.......」
たしかに、どこの街にも猫はいる。しかし、猫? 彼女は突然何を言い出しているんだろう。
「つまり、これは一つの表象なのよ」
彼女はため息をついて、項垂れた。つまり、僕達は普通ならざる世界に足を踏み入れてしまったみたいだ。