運命の前借り。
性格の良い悪魔は、青年にある札を渡した。
「なんだいこれは」
「これは、君の運命を司る札だ」
性格の良い悪魔は、青年の資質を見込んでこの札を与えた。
「人間には、与えられる運命の総量が決まっている。それを偶然に委ねるのが普通の人間だが、君は幸か不幸か私に出会った」
悪魔は青年と過ごした日々から、青年に好意を寄せていた。
「これを使えば、運を自分のタイミングで呼び込むことができる」
青年は、腫物を触るみたいにその札を眺めた。
「私は君がこれを濫用しないと思って、これを与える」
悪魔は踵を返して、夜空へ飛び立った。
世界中の不幸を一身に受けたような男が、死を迎えようとしている。年齢は六十ばかりだが、老人と形容するほかがない。身体の節々に皺が刻みこまれ、表情筋も虚ろである。
「やあ」
悪魔と人間の時間軸はずれている。それだから、悪魔は人間から悪魔と呼ばれ続けている。
「君なら、理性的にあれを使ってくれると思っていたんだけどね」
老人はため息をついて、か細い声でつぶやいた。
「人間は、目の前の欲望に逆らえるほど強くはないのサ」