枯花嗜好。
フェルネット・ブランカの空き瓶には、三本のスイセンと小ぶりなカスミソウが挿されていた。
「素敵なブーケだね」
彼女は間違った宇宙船に乗り込んでしまった猫みたいな微笑みを浮かべた。
「ゆうべ挿したばっかりなの」
そのブーケは、彼女の本棚の一画を支配していた。カズオ・イシグロやトマス・ピンチョンの作品の傍には良く似合うが、窓からは遠く、光は差し込みにくそうな場所だった。
「昼間は、窓際に移すの?」
「いいえ、枯れるまで動かさないわ」
彼女は、試験官が注意事項を読み上げるみたいに答えた。
「枯れるまで?」
「そう。光も当てないし、水もやらない。枯れゆく格好を、私は眺めたいの」
よく見ると、フェルネット・ブランカの底はすっかり乾いていた。
「どうして?」
「さあ、どうしてかしら」
彼女は、フルートタイプのグラスに注がれたウニクムを一口啜った。
「でも、それが好きなんだから仕方ないの。枯れゆく花の様を見て、お酒を嗜むことが」
僕は水や光を希求するスイセンを見て、いたたまれない気持ちになった。