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椿。

椿の花が、目の前でぽとりと落ちた。風が吹いている訳でもなく、誰かが触れた訳でもなかった。そのふくよかな花は独りでに地べたへ落ち、沈黙を貫いた。それは儚さというよりも、呆気なさを僕に印象づけた。落ちた花は、在るべき場所にいた時に比べて美しさが損なわれ、性悪に映った。

僕はあの椿を描こうと思った。綺麗な生命としてではなく、憮然とした静物として。しかし、キャンバスへ筆を押し付けた瞬間、それは侮蔑な消費であるような気がしてならなかった。結局、僕はありふれた椿を、せめてもの抵抗として一輪だけ描いた。風景としてでは無く、僕に一つの示唆を与えたオブジェとして蘇生を施した。悪くは無かった。僕はそれをリビングに飾った。


「また、第6トーアだよ……」

サイレンがこだまする雑然とした街で僕は、あの椿の絵を思い出した。


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