痴人。
「ほんとは、彼女がいる人の方が都合がいいの」
彼女は照れくさそうに頬笑んだ。
「だからXは、特別なんだよ」
彼女がかつて恋愛体質であったことは周知の事実だった。他の噂話と同様、所々が極端に脚色されていたり、ありのまま過ぎて嘘くさかったりしたが、その概形はほぼ全員が共有していた。やがて彼女はモラリストなきらいがある彼氏と交際を始め、彼女のそういう……リベラルな所を頭ごなしに否定されていく過程で、一般的な貞淑をまとって社会的生活を営むようになっていた。
しかし、価値観が収斂するのに彼女はまだ若すぎた。そこには然るべき反発があり、然るべき反動があった。彼女が操を守ろうとすればするほど、自身の胡乱な領域がよりくっきりと表出するようになった。
「どうして? 俺の方が、まだ安全なのに」
彼女はツツジを摘み取るみたいに、僕の口から煙草を奪い、深く吐き出した。あるいは、自分が呼吸していることを改めて確認するために。
「お互い背中合わせの方が……綺麗でしょ?」