眠。
眠(みん)は一万回瞬きをする度に、泥のように深く眠った。多くの人はそのあまりの深さに、気絶を疑い狼狽した。しかし、眠は救急車を呼ばれようとも、胴上げをされようとも、目覚めることがなかった。眠は、瞼を閉じてからきっかり16時間が経過すると、何事もなかったかのように目覚めた。まるでぜんまい仕掛けの人形のように、回数も時間も正確だった。一万回、16時間。
眠は、自分の生態に対する処世術として、瞬きを数えるようになった。町中で急に倒れ込んだり、帰りの電車で車庫まで連行されるのは、懲り懲りであったのだ。しかし、そらんじるだけでは、3000回を越えたあたりからおぼろになる。3563、3564、ハクション! …3556? 眠は口に出して、瞬きをカウントするようになった。
「おい」
「6789、なんでしょう」
「金を出せ」
強盗はナイフの刃で脅迫をした。
「それは……6790。できません」
「いいから金をだせ」
「しか……6791、し」
「ごちゃごちゃ何を言ってやがる」
「6792、こうい、6793、うこ、6794、と、6795」
「ふざけるな!」
はらわたに刃が闖入しても、眠はカウントを止めなかった。6796、6797、67……。
その後、眠の同僚は、6798という遺言に隠されたメッセージを読み解こうと、頭を悩ませ続けた。