君がいない。
君がいない。あの歌でも、映画でも求められていた君がいない。君はどこにいるのだろう。僕の中で、君が何を指し示すのかすら分かっていないのだけれども。
君は、はたして人間なのだろうか。ふと、そう思った。誰しもが恋焦がれる相手を思って、君と呟いているとは限らない。洗面台の鏡に映る像を感じながら、君を思う。これが、君か? 君が、これか?
鏡に、羽虫が止まった。僕は、薄濡れの指でそっと羽虫を潰した。鏡には、僕の指紋を象る水と、羽虫の油が刻まれた。不図、羽虫は君だったのではないかと悟った。また、君がいなくなってしまった。