刹那
〝ハンプティ・ダンプティ へいにすわった
ハンプティ・ダンプティ ころがりおちた
おうさまのおうまをみんな あつめても
おうさまのけらいをみんな あつめても
ハンプティを もとにはもどせない〟
「ハンプティ、君はどうしてわざとへいから転がり落ちたんだい?あんなに高いへいなのにさ。」
少年はばらばらになったハンプティにそうたずねた。
「君達に気付いて欲しかったんだ。自分達がいつまでも足踏みを続けていることにさ。」
ハンプティはそう答えた。
〝ハンプティ・ダンプティ にこりわらった
ハンプティ・ダンプティ きれいにきえた
ぼくたちどんなに おかねがあっても
ぼくたちどんなに おべんきょしても
ハンプティを もとにはもどせない
ハンプティを もとにはもどせない〟
少年は、ハンプティがいたはずの空虚をずっと眺めていた。
「足踏み、ってどういう意味だったんだい、ハンプティ?僕には分からないや。」
すると目の前の空間が突如として歪み始めた。少年はびっくりして右も左も分からぬまま駆け出した。しかし、歪んだ空間を走るという能力を少年は持ち合わせていなかった。少年の体は目の前の空間と同じように歪み始める。そしてそれは激しい痛みを伴うものだった。イヤァァァァァァァ。歪んだ空間に声が反響するわけがない。しかし、その叫びは聴覚が働かなくても少年の内側に刻み込まれる。イヤァァァァ、タスケテェェェェェ。ヤダヨォォォォォォ、シニタクナイヨォォォォォォォ。
「…それが君の答えじゃないのかな。」
少年は空間と渾然一体となる。少年は最後に何かを呟いた。しかし、その言霊の存在をも許さない静謐な空虚だけが、私の前に拡がるばかりであった。