煙と心臓。
水煙草の炭替えは、僕の性的嗜好を満たす行為の一つだった。
「……失礼いたします」
泥酔で眠る客の水煙草でも、僕は定刻の炭替えを欠かさない。
「いらないよ」
小声で囃す常連客に、僕は上品に微笑みを向ける。これは、コケティッシュな儀礼なのだ。目の前にいる客の、脈打つ心臓を僕が司っているのだ。
時々、僕はその敬虔な定刻を揺さぶって愉しむ。早めれば、客は生き急ぐ官僚のようにふかす回数が増える。遅めれば、都会に捨てられた飼い猫のように不安気な表情を浮かべる。この空間で、炭は客の心臓のメタファーになる。心臓を無防備に晒す客を、愛でないほど僕は誠実じゃない。僕もまた、その欲情を吐き出す煙で隠している。
神様に言葉はいらない。神様は微笑みながら、命を与えればそれでいい。自惚れた預言者は、ひとりでに預言者になろうと振る舞うから。
「この店は、ほんとにいいんだよ」
常連客は増えたが、僕は泥酔客の心臓の方が興奮するからやるせない。