カラオケ。
まさか、隣の部屋に彼がいるだなんて。レモンサワーで誤魔化そうとしたけれど、私の耳はそこまで馬鹿じゃない。時代おくれのラブソングを、野太い声を張り上げて歌っている。彼しか歌わない曲が、彼の声で、廊下に響き渡っている。
彼の歌は、嫌いじゃなかった。酒と煙草でガラガラの喉を目一杯震わせる歌が、好きだった。流行りの歌は歌おうとしなかった。大人数だと、独りで煙草ばかり吸うような人だった。私はあの日、まんまと彼と行きずった。
はなから上手くいくとは思わなかったけれど、私と彼の関係は長く続かなかった。始まりも終わりも裸だった。それでも、ふとした時には、彼を思い出していた。きっと私は、好きだったからフってしまったのだ。
彼の歌を聞き、心躍る私はやはりおぼこなのだろうか。けれども、それも長くは続かなかった。彼は、急に流行りの歌を下手くそに歌い始めた。私は席をたち、ドリンクバーへと向かう。彼もまた、大人になってしまったのだ。