夏の庭の馬追。
今年も夏の庭に馬追がやってきた。
「やぁ、今年も来たね」
「我々の区別がつくのは、あなたくらいですよ」
この馬追は、なにかの運命でもう3年も生きている。その獰猛な性格もすっかりまるくなり、今やこうして話す仲だ。
「今年はもう無理かと思ったけど、この調子ならまだまだ生きれそうだね」
「いやぁ、昨年の冬は随分暖かかったものですから。またこの庭に来れて嬉しいものですよ」
「蝿を用意しといたからさ、あとは自由に鳴いといてくれよ」
僕はこの馬追の為に、祖母の家の思い出の様なハエたたきを拵えたのだ。
しばらく経つと、馬追の麗しい鳴き声が響き始めた。熟年の馬追なだけあった、交響楽団のような調和が美しい。スイーッチョン。スイーッチョン。
私の地元では、この鳴き声から馬追のことをスイッチョンと呼ぶ。馬追だなんて風情のない名前を付けているから、東京は生きづらいのだ。スイーッチョン。スイーッチョン。真夏の夜が暑苦しくても、虫の声があればそれもいい。