落下する月。
気象庁の発表に、最初は誰として耳を貸さなかった。
「この現象によって、わずかにですが月が落下する可能性があります。……そして最悪の場合の予想で、それは東京に直撃します」
それが奇妙な信憑性を帯びたのは、声明が取り下げられたからであった。どこか強権的に見えたその会見は、社会に幾ばくかの訝しさを残した。しかし、熱狂したのは一部のカルト宗教だけで、多くの人にとってそれは害
のないミームに過ぎなかった。
奇しくもピンクムーンの日、東京の人間は月の落下を確信した。秒針が時間を刻むにつれて月は大きく大きく、まるで風船が膨らんでいくみたいに地上の人間に迫った。人々は慌てふためき、逃げ場所を探した。しかし、道路は大混雑で隙間はなく、交通機関も諦めるように進むことは無かった。都市という生き物は、隕石の落下を前提に設計されてはいなかったのだ。
「……衝突は確実です」
「電力の供給を止めよ」
「しかし、二次災害というものは理論上起きえないのでは……」
「いいから、最期くらい美しい月見をしよう」
都会が死んだ瞬間、人々は空を見上げた。美しい星空の中、巨大な月が眼前に迫る。それは何かを祝福しているようだった。人々は最期まで、月見を楽しんだ。