ブラッディ・メアリー。
「失礼。あなた、先ほどブラッディ・メアリーを飲まれた? 」
薄暗いバーのカウンターには、女と私だけがいる。店内の喧騒は、アーマ・トーマスの歌声に集約されていく。
「……なぜ、分かったんですか? 」
「うーん、女の勘かなぁ? 」
おどける女の、胸元がちらつく。浅葱色のシャツは、どこかあの夜を思い出させる。
「慣れてるね。こういうことに」
「……嫌味だねぇ〜」
女はマリリン・モンローのカクテルグラスをあける。喉仏は胎動するが、鎖骨は動かない。鎖骨が妙に浮きだって見えて、僕の背中に大きな汗が流れる。
「あなた、誰かと私を重ねたでしょう? そうね……4年前の夏かしら。あなたは奥さんとセックスレスで、会社の後輩と危険な不倫関係に陥っているのに、その日は私のようにそこのバーで話しかけれられ」
「ちょっと待って……君はいったい」
「女の勘を舐めない方がいいよ、お兄さん」
「……。」
女は、ウィンストンの赤い箱を鞄から取り出す。
「けれどね、誰かの代わりを務めるのって少し寂しいんだよ。私がまるでいないみたいで」