三年前。
大学の図書館で昔好きだった女性とすれ違った。彼女の像が網膜に張り付いた瞬間、3年前の僕の心象が鮮やかに蘇えった。彼女は色褪せなかったが、僕は大きく変わってしまった。3年という月日は、僕から余りにも多くのものを奪ってしまった。(あるいは、僕が差し出してしまった。)僕は、立ち止まることも振り返ることもできなかった。僕は彼女の名前すらも思い出すことができなかったからだ。
3年前。記憶は都合良く改変されているから、きっと彼女との思い出は甘美なフィルターを透過しているのだろう。でも、僕が彼女に好意を寄せていたことは確かだったと願いたい。僕と彼女は授業の開始を待つ昼休みの教室で出会った。その日、教室には僕と彼女しかいなくて、お互いが小説を読んでいた。小説の切れ目にふと目線を上げた時、彼女と視線がぶつかった。内気な僕が、なぜ自然と話しかけることができたのかは分からない。ただ、その日から僕と彼女は毎週あの教室で自然と会話をするようになった。覚えている。彼女が開高健の作品を好きだったこと、高校生の時から小説を書いていること、映画を観に行く約束をしたこと……。
感染症の流行で僕と彼女の約束と、それ以降の自然に会う機会は隔たれてしまった。気付けば僕は大学四年生になっていて、あの頃とは何もかもが変わってしまった。もちろん、それによってもたらされるものの何もかもが負の側面を有している訳では無い。しかし、もうあの頃の僕は消えてしまったのだ。
彼女は僕に気づいたのだろうか? 分からない。振り返ることができない僕は、前を向くことしか許されていないのだ。