あるひとつの嘔吐。
目が覚めた瞬間に、自分が嘔吐をする運命であることを悟った。消化器官にむず痒さがあり、頭は手作りの針を刺されているような鈍痛がする。全身を包む気怠さは、運命を物語るには十分すぎた。
しかし、僕は自分が嘔吐することがどうしようもなく許せなかった。昨晩は、確かに肝臓に穴があくくらい酒を飲んだが、誰に強制されることもなかった。一人自分の部屋で、嘔吐を催すほど酒を飲んだ不甲斐なさを認めたくなかったのだ。僕は長らく理性的な人間として生きてきたから、現状を許すことができなかった。
開いた目をもう一度閉じて、息を整える。眠りが訪れれば、この吐き気が落ち着くかもしれない。微かな期待を抱き、僕は眠りに寄り添った。しかし、眠りの方は十時間以上僕に付き合ってくれていたから、払いのけられてしまった。当然だ。運命に抗うことができれば、それは運命ですらないのだ。
下水道に吸い込まれる吐瀉物を見て、僕はやるせない思いに駆られた。まるで、自分が溶け出しているみたいだった。藻掻く方向を間違えていることはこの上なく明確なのに、意思は簡単に敗北を期す。運命の傀儡であることを認めてしまえば楽だろうに。僕は鼻腔に残る胃液をかきだして、それを流した。