蠱惑の首。

私は人面が苦手だった。遠目で見れば似通っているのに、近くで見れば一つとして同じものがない。能面みたいに、一人につき一つの表情であればまだいいが、表情は若い粘土みたいに種々に変わる。私はそれが気持ち悪かった。表情が変わるように人の気持ちも移ろうことを思うと、他人が怖くて仕方がなかった。私は人面から目を逸らし、社会の片隅でひっそりと暮らしていた。

私は首で人となりを記憶していた。首は人面より情報量が少なく、血管の浮き沈みくらいしか変化しない。もし顔の下に首がなかったら、私は社会的生物として生活することが難しかっただろう。人は、頸筋をみる視線にそこまでの違和を憶えないものだから。

しかし、彼女は私の視線を察知した。

「ねえ、あなたはどうして、いつも私の首元をじっと見るの?」

私はうろたえた。私は彼女と、ただその表情を知らないことを除けば、とても懇ろな関係性を築いていた。同時に私は、首ばかりを見るようになってから初めて、その首に性的な魅力を抱いていた。彼女の頸筋はとても艶やかで、一思いに鷲づかんでしまいたいと感じさせる蠱惑性を醸していた。

「ねえ、どうして?」

私は意を決して、その首の上に乗せられた人面を見上げた。妖艶な首の上に素敵な人面があることに、微かな希望を抱いて。しかし(いや、やはり)、それは気持ちが悪かった。


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