曖昧なジレンマ。
「どうして〝好き〟と〝愛している〟しか恋を伝える表現がないんだと思う?」
彼の声は大きくないのに、とても存在感があった。記憶の中でも、耳をそばだてる感触をもつ。
「それは、一つとして同じ恋心がないことを認めたくないからだ。だから、曖昧にしているんだよ」
一つとして同じ恋心がない?
「ドッペルゲンガーでも性格が違うんだ。人と人との関係は決して一様ではない。君が愛ちゃんに向ける好意と、桃ちゃんに向ける好意は、実際は同じ好意としても括れないほどに別の感情であることは分かるかい?」
腑には落ちきらないが、言わんとしていることは分かる気がする。
「好きとか愛しているとかでしか言い表せないから、腑に落ち辛いんだよ」
彼は上品にネッビオーロのフルボディを口に含んで、その曖昧性を愉しんでいた。
「複数の愛が常に同居していることが、白日のもとになったら大変だからね」
彼の微笑みは、僕に性格の悪い天使を思わせた。