うそ日記 2024年9月
9月1日
揚げ玉を求めてひたすらスーパーをはしごする。どこに行っても見当たらない。力尽きてうどん屋に入る。注文したのは冷やしきつねうどん(揚げ玉無し)。食べ終えてもまだ空腹だ。家までが遠い。途中で空からぱらぱら降ってくる。一瞬、揚げ玉かな? と思って自らの空想を恥じた。
9月2日
月頭なのに誕生日おめでとうメールが鬼のように届き、受信箱がぱんぱんになる。全部確認したわけではないけれど、半分以上はショップからだ。知らないところからも真顔で送られてくる。墓石屋さんからも届く。特別に七割引きで売ってくれるらしい。一応、実家の母に伝えておいた。
9月3日
年中いがみ合っている義理の両親が腕を組んでやって来る。赤ちゃん見せてよ。赤ちゃん見せてよ。二人続けて言う。いませんよ。いませんよ。つられてこっちも二回言ってしまう。ははは。義母が笑う。ははは。義父が怒鳴る。知らなかったな、お義父さんって笑いながら怒る人なんだ。
9月4日
勝手にLUUPの緑色のテープを自宅の前に貼って、四角く囲ったスペースを作り、そこに何も置かない
9月5日
エレベーターでアノニマスフェイスの男と居合わせる。私はやわらかい赤ちゃんを抱っこしていた。三人きりの密室は九階から一度も止まらなかった。ビルから出る。ずっと息を止めてたことに気づく。男はもういない。赤ちゃんと同時に思い切り空気を吸い込む。秋なのかも、と思った。
9月6日
「すわ、飛び出せ」。飛び出すつもりなんてなかったし、声をかける相手もいなかった。ただ、すわ、と生まれてはじめて叫んでみたかっただけだ。それも屋外で。ただ勇気が足りず、ベランダで実行した。すわ心地は存外悪くなく、もう一度叫ぶ。すわ。虫の鳴き声が少し大きくなった。
9月7日
親戚の子供たちがごっこ遊びを始めた。しばらくきゃあきゃあ言い合ったのち、上の子が必殺技をくり出した。「ガングリオーン」。一瞬、しんとなり、下の子が聞いたことのないような笑い声をあげる。それからガングリオーンが一万回くり返され、夕暮れまでその子だけが笑い続けた。
9月8日
隠しトラックだけ聴きまくろうぜ。古いCDを用意して友達と集まる。でもそんなに隠されてない。始まるまで時間がかかるし、曲も単調ですぐに飽きる。結局、一曲目から聴いてときどき一緒に歌う。友達がなつかしいと言って号泣し始める。そこにデジャヴを感じるけど黙っていた。
9月9日
ペペロンチーノのことをロンチと呼ぶ人と一緒にご飯(ロンチ)を食べた。大事なところを切り捨てたな、と思うけれど、その人のことは嫌いじゃない。店ががやがやうるさい。オリーブオイルが黄緑色だったことに感動する。ワインを飲みたかったけれど、ロンチの人はお酒が飲めない。
9月10日
スケベイスという単語が過り、レジ前で赤面する。たぶん赤くなっているんだろう。店員さんの顔を見れない。商品はまだたっぷり籠の中にある。仕方がないので椅子助平と字面をこねくり回す。なぜか温泉宿の古いマッサージチェアが浮かんできて、赤面状態を忘れ、泣きそうになる。
9月11日
暗証番号を0911にしていたことがあった。絶対に忘れないだろうと思ったから。今は両親の結婚記念日にしている。それはときどき忘れる。
9月12日
「どこからでも切れます」を切れた試しがない。調味料の瓶のキャップもまともに外せない。納豆のシートが手から離れない。取れたと思いきや別の指についてる。背中に「不器用の殿堂」と貼り紙されてるレベル。殿堂ならいいか、と思うけど、その紙もうまく剥がせないんだろうな。
9月13日
鯖がおいしそうだった。買ってきた4切れに、味噌と醤油、どちらの煮つけがいいか尋ねる。3対1で醤油に決まった。2対2に割れたら、両方ともだぼだぼ入れてやろうと思っていた。たっぷりの生姜と一緒に煮る。味噌に一票入れた切り身を食べたけれど、味がしっかり染みていた。
9月14日
公園に出かける。老人と赤ちゃんと犬が噴水を眺めていた。真上を青い鳥が飛んでいく。最初に犬が飽きた。老人もゆっくりと離れた。残った赤ちゃんたちだけが熱心に水の動きを見続ける。偉大な発見がこのあと為される予感がしたけれど、こちらにはその泣き声が理解できなかった。
9月15日
「2つの絵にちがうところが3つあるよ」。どう見てももっとある。そもそも絵の大きさから違う。絵のタッチも違う(片方劇画調)。右側、バンクシーのサインある……数え始めたら止まることなくなって、10個を超えたあたりで本当に怖くなって数えるのをやめた。
9月16日
カラオケに行く。ブラックタンバリンを歌って赤いタンバリンを歌って1000のタンバリンを歌ってmoonchildのタンバリンを歌った。タンバリン祭じゃい、と叫んだ。一人だった。少しハウリングした。あ、タンバリン借りれるじゃん。この段階で気づく。すべて貸し出し中だった。
9月17日
行きもしないのに遠足用のしおりを作る。行かないから朝五時出発。持ち物はネクター6本。暇つぶし用のイミダス。つまんないパーティーグッズの定番馬の顔のやつを帰りだけ被る。わくわくしてきて夜更かしてしまう。しっかり寝ておかないと大変なことになりそう。行かないけど。
9月18日
歯科検診に行く。いつまで経っても呼び出されない。後からきた人たちがどんどん奥へ入る。誰も戻ってこない。一人、待合室で待つ。院内では洋楽ヒットチャートが流れている。途中からSabrina CarpenterのEspressoが延々と続く。ヒントでもあるのかと思うけれど英語がわからない。
9月19日
炊飯器のタイマーをセット、みそ汁も準備してから外出する。納豆もあるし、あとは帰ってから残り一品作ればいい。そんなときに限って出先で焼き小籠包のお店に入ってしまう。満腹で家に戻る。炊飯器から漂う匂いに、お帰り、と言われた気持ちになるが、黙ってスイッチを切る。
9月20日
ネットが重い。「インターネット 速度」で検索してももっさりとしている。頑張れ、やればできる、と声をかける。サイトの候補がいくつか表示されるけれど、結果、計測しない。重いことだけはよくわかった。応援できてよかったな、と自分を慰め、パソコンを切って昼寝を始めた。
9月21日
ガジュマルは鉢を替えないからか、全然成長しない。ほぼ葉が落ちてしまった危うい時期もあったけれど、ここ数年は元気だ。夏の間はベランダに出して、水をたっぷりあげている。そろそろ屋内に戻すころか。あんなに嫌だった夏が本当に終わりそうで、ちょっとだけためらってみた。
9月22日
豆苗と当意即妙の違いについて考える。豆苗に「いそく」分の栄養を足したものが当意即妙だ。添加物かもしれないが。そんなことを思いながら、豆苗をみそ汁に入れた。長ねぎも入れた。豆腐は迷った末にやめた。いそく、は冷蔵庫に入っていなかった。
9月23日
お昼ごろ、隣の隣の家から食器を叩く音がする。ちゃんちゃんちゃん、とリズミカルに聞こえる。響きが心地よかったけれど、窓を閉めた。音が遠くなり、リズムが速まる。子供たちの奇声が聞こえてくる。ワレモノ、ワレモノと叫んでいる気がするけれど、確かめるつもりなはかった。
9月24日
完全に秋が来たよね、とか思っていたけれど、冷やし中華の生麵が冷蔵庫に残っていた。うれしいのか悲しいのかわからない気持ちで作る。ハムがなかったけれど、まあいいや。きゅうりとトマトと卵で完成。甘酸っぱくて、こんな味だったけな、と偽のくるりみたいなことを思った。
9月25日
お尻が痛い。血が出る系ではなくていわゆる臀部がふくれあがっている。座ると痛い。座らなくても痛い。仕方なく痛み止めを飲む。副反応が出た。でも痛みは和らぐ。眠くなる。短い夢を見る。コンクリートとコンクリートに挟まれているような夢だった。起きたらお尻が痛かった。
9月26日
親戚の子が映画に出ると言う。誰の? と訊いてもよくわからない。有名ではあるらしい。見に行くね、と言う。来なくていい、と言われる。最近何か絵を描いた? と訊く。全然だめ、と言う。いくつになった? と訊いたら、思ったよりも下だった。若いね、の言葉を飲み込んだ。
9月27日
毎夜、バニラアイスを食べ比べている。一日に一カップずつだからか、どれもおいしい。これが一番だな、と思う。そんな自分を追い詰めたくて、絶対においしくなさそうな(決して名前を言えない)バニラカップを食べてみた。それが今夜だ。ちゃんと、すごく、おいしかった。
9月28日
母特製の梅シロップは冷蔵庫に入ったままだ。味が気に入らないわけではない。炭酸で割って飲むとさっぱりしておいしい。ただ存在を失念してしまう。スーパーで炭酸水を買い忘れてしまう。結果、なかなか減らない。瓶には母の字で「梅サワア」とラベルが貼ってある。このせいかも。
9月29日
おさがりで貰ったスイカ柄の服を赤子に着せる。上は赤い果実と種、下は緑地に黒い縦じまが入った皮の模様。スイカ娘の誕生だ。「季節外れのスイカちゃん」と愛でる。散歩に出ると外国人観光客が「beautiful baby」と声をかけてきた。その後「watermelon」を連呼して笑っていた。
9月30日
腕時計を買ってもらった。元々あまりしないタイプだったのだけれど、コロナ禍以来、特にしなくなっていた。時計屋の店主がマッドサイエンティストみたいな風情で、説明を聞きながらうきうきしてしまった。うれしくて寝てる間もしていた。夜中、目が覚めて、外して、寝直した。
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