渋皮ヨロイ

喧々諤々という言葉をこれまで口にしたことがありません。いつか声に出して言ってみたいよう…

渋皮ヨロイ

喧々諤々という言葉をこれまで口にしたことがありません。いつか声に出して言ってみたいような、そんな日が訪れなければいいような、複雑な心持ちで日々過ごしております。いつからかビールよりワインが好きになりました。ここでは短いお話を書いていきます。

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  • ヨロイマイクロノベル

    思いつくままツイッター上であげていた140字ほどのお話(あるいはその断片のようなもの)をまとめています。

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「自選の10」

渋皮ヨロイという筆名は、溜まった掌編のいくつかをnoteに公開するために、新しくつけたものです。ここで作品をあげるようになって、早いもので6年ほど経ちました(つまり、渋皮ヨロイとして6年目ということになります)。 その間に作品も溜まってきたので、はじめて私のことを知っていただく方に、どれを読んでもらいたいかなあ、と考えながら、10作、自選(自薦)のものをまとめてみたいと思います。 作品の中身をほとんど解説することはないと思いますが、どのような背景で(何向けに)書いたのかと

    • ヨロイマイクロノベルその34

      331. 80歳になっても母は「かたたたきけん(えいきゅう)」を使用する。通知が届くと十分かけて原付で実家に戻る。すでに母はうつらうつらしている。わが家の近況を報告しつつ首周りを揉み、右、左、とんとんと叩く。やがて母は完全な眠りに落ち、私はバイクで来たことを忘れて歩いて帰る。 332. 暑さで自動販売機もおかしくなった。当たりつきでもないのに音楽が鳴る。ボタンが光る。押すとまた当たる。違うメロディーが流れる。少し長い。怖くなってきてホットのおしるこを押す。それも当たり、もう

      • 「青を産む」

         僕はトイレで地球を産んだ。二十九回目の誕生日だった。  いきむことなく、それはちゅるんと出てきた。はう。思わず声が漏れる。経験したことがない感触に便器内の様子を確認する。  青い球体がぷかぷか浮いていた。グレープフルーツ大で表面は艶やかだ。映像や写真でよく見かける、けれど実際にはこの目で全体像を捉えたことのない、地球そのものの外観をしていた。  少しも汚く見えないし、興奮もしていたから、手ですくうことに抵抗はなかった。ずっしりと重みを感じる。指の間から水滴が垂れる。それでも

        • 海2編

          「海になる」  痛みはなかった。おへその辺りに小さな水たまりができた。皮膚を青い水面が覆う。いくら拭き取っても消えない。ずっと立っていても垂れ落ちない。鏡に映すと知らない島の地図みたいだった。  それは少しずつ広がっていく。お腹の表面も水になる。指を突っ込むとくすぐったい。同時に冷ややかさを感じた。手の匂いを嗅ぐ。海の香りがした。小さく波の音が聞こえる。 「海、俺は好きだよ、カニもいるし」  離れて暮らす恋人から返事が届く。会いに来てもらう約束を取り付ける。胸の奥が少し

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        「自選の10」

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        • ヨロイマイクロノベル
          35本

        記事

          ヨロイマイクロノベルその33

          321. あるもの出せよ。路地裏に連れてきたブルボンを脅す。何も持ってない、と涙を浮かべる。まあ、みんなそう言う。ほら、ジャンプしてみろよ。おどおどしつつ高く飛ぶ。五度目で濁点が落ちた。あるじゃねえの。俺はにやつき濁点を拾う。それは生暖かい涙で濡れ、少しだけ甘い匂いがした。 322. 小雨降る中、停止した時計台の前に小指が落ちている。黒い男たちが集まってきた。小指の周りを囲んで立つ。「北だな」。「いや南東だろう」。思い思いの方角を口にする。雨粒が男たちの帽子のつばから垂れる

          ヨロイマイクロノベルその33

          「石褒め」(改)

           大事な顧客と飲んだあと、どうも気が重く、そのまま一人で別の店に入る。このまま帰りたくなかった。よく知らない町だったが、ぷらりと立ち寄れそうな飲み屋も多い。  今日の感触はあまりよくなかった。悪い予感がする。まあ、そういうときもある、とは思うが、やはりすっきりしない。何がどうこう、というより、なんだかずっと波長が合わなかった。俺の、いいっすね、すごいっすね、さすがっすね、に対して、先方の眉間の皺がどんどん深くなっていく。最後のほうは、もう鬼じゃん、と思うくらいだった。まあ、そ

          「石褒め」(改)

          「石褒め」

           大事な顧客と飲んだあと、どうも気が重く、そのまま一人で別の店に入る。このまま帰りたくなかった。よく知らない町だったが、ぷらりと立ち寄れそうな飲み屋も多い。  今日の感触はあまりよくなかった。悪い予感がする。まあ、そういうときもある、とは思うが、やはりすっきりしない。何がどうこう、というより、なんだかずっと波長が合わなかった。俺の、いいっすね、すごいっすね、さすがっすね、に対して、先方の眉間の皺が深くなる。最後のほうは、もう鬼じゃん、と思った。まあ、そういうときもある。

          ヨロイマイクロノベルその32

          311. ミモザの花がこぼれるように咲き誇る。その下で小さな女が口を開けて立っていた。わたしは回り込み、女の背後から父が遺した古いカメラを構えた。黒い髪がさらりと縦に垂れる。強い春の風が吹くたび、女の頭上で黄色いふわふわとした花が揺れる。だがそれは一粒たりとも落ちてこない。 312. 遠くで鐘が鳴る。耳にしたことがない音色なのに鐘だとわかる。どこかで鳥が鳴く。聞いたことがない鳴き声なのに蒼い鳥だとわかる。知らない女がすすり泣く声が聞こえる。知らない女なのにどうして泣いている

          ヨロイマイクロノベルその32

          「カレーVSラーメン」

          カレー  僕らはカレー沼にいた。浮かぶ具材の上で難を逃れている。けれどついに煮崩れが始まった。玉ねぎは真っ先に沈んで消えた。じゃがいもの今井が不安そうに天を仰ぐ。 「落ちるにしても俺はまだ先だ」  にんじん内山の余裕が憎い。 「全部飲み干そうぜ、腹ペコだからいける!」  言い出しっぺの赤パプリカ前田は途中で心が折れ、ふくれた腹を撫でながら泣いた。  牛ブロック津村が足を滑らせ落ちた。全員が固唾を呑んで見守る。 「おい、ここのカレー、すりおろしりんご入ってるぞ」  ウコン色の

          「カレーVSラーメン」

          「名前を変えてやる」

           気づけばレベル38になっていた。俺が、ではなくて、ぽぴよぴーが。  ゲームを再開したらまるで知らない村にいる。なんだか、世界は平和っぽい感じになっている。勇者さま、ありがとうございます、みたいなことしか言われないし、ときどき白い鳥のつがいが飛んで、画面上を横切る。村の中を子供たちが走り回る。わーい、わーい、と言う子と、もう走れないよ、と言う子がいる。じいさんが、長生きはするもんじゃい、と言う。宿屋も商店も利用できない。  クリアしていたとしても、プレイができるのもよ

          「名前を変えてやる」

          ヨロイマイクロノベルその31

          301. 古い籐椅子が死ぬ。長く共に暮らした女が裏山に埋めた。夜、狸が掘り起こすが、椅子はすでに消えている。その代わり、縁側に半透明のそれが現れる。女が恐る恐る腰を下ろす。身体に馴染んだ座り心地を感じるのは一瞬、籐椅子が更に色を失う。女は咳き込み、腰からゆるりと落ちていく。 302. 残念なことにカキ猿の姿は我々には見えない。山の気温が下がり始めるころ、木に飛び移り、まだ青く硬い柿の実に囁く。さまざまな言葉や声色で辱め、あるいは激怒させる。にわかに実は赤みを帯びる。中には

          ヨロイマイクロノベルその31

          ヨロイマイクロノベルその30

          291.「賑わう海の家」 秋が過ぎても海の家は解体もされず、夜な夜な賑わっていた。煌々と明るく、うまそうな香りも漂う。集まっているのは人ではない気もしたが、寄ってみた。座敷には小さな海と砂浜があって、そこにも茶屋が残っていた。同様に騒がしい。温かい酒をもらい、縮小した世界を眺めながら唄った。 292.「シングルスピードで急な山道」 「結婚してください」。ジェットコースター、バンジージャンプ。二度の絶叫プロポーズを経たあと、なぜか僕は山道を彼女とギアのない自転車で降りる。異様

          ヨロイマイクロノベルその30

          ヨロイマイクロノベルその29

          281. 愛のブーメランは五年前に完成していた。でも作業が楽しくて夜ごとヤスリをかけ続けた。掌サイズになってもちゃんと飛ぶし自動で戻ってくる。広げた手にふわりと着地する。えらい。でも他人がいると真下に落ちる。衝突音さえ響かせない。あがり症なのはわたしとブメ丸、どっちなんだ? 282. 月が雫を垂らした夜、長い列ができた。国境の壁、両側から人が集まる。幅30センチにも満たない灰色の壁の上に月は滴る。二つの長いはしごを登り、二組ずつ、多様な器に月を納める。受け止め損ねた雫は緩や

          ヨロイマイクロノベルその29

          「もんにゃーオルタナティブ」

           パトロールを終えたわたしは帰宅してシャワーを浴びた。それからコーヒーを二杯飲んだ。一杯はインスタント、もう一杯はドリップで淹れる。どうしてその順番になったのかはわからない。  パソコンを立ち上げて、ディスプレイの前に「わんさかボックス」を置く。このネーミングを変えたいと思ってはいるのだけれど、声に出して誰かに、ねえ、悪いんだけど、わんさかボックス持ってきてくれない? いや、その紙箱なんだけど、うん、わんさかボックス、それ、みたいに頼むこともないから、暫定的な名前で固定さ

          「もんにゃーオルタナティブ」

          「もんにゃー」

           パトロールを終えたわたしは帰宅してシャワーを浴びた。それからコーヒーを二杯飲んだ。一杯はインスタント、もう一杯はドリップだ。どうしてその順番になったのかはわからない。  それからパソコンを立ち上げて、ディスプレイの前に「わんさかボックス」を置いた。いい加減、このネーミングを変えたいと思ってはいるのだけれど、声を出して誰かに、たとえば、ねえ、悪いんだけど、わんさかボックス持ってきてくれない? いや、その紙箱なんだけど、うん、わんさかボックス、それ、みたいなことを頼む機会も

          「もんにゃー」

          ヨロイマイクロノベルその28

          271. 白と赤の彼岸花がそれぞれ列をなして咲き誇る。真夜中、茎が曲がり、交差する。6本の雄蕊と1本の雌蕊も細く長く広がり、互いに交わる。白と赤の線によって浮かぶX、×、メ、乂。蕊の先はやがてほのかに光を帯びる。火、火、火、火と変わる。朝方に輝きは消えて、すべてが元に戻る。 272. 寺に見知らぬ犬といる。背後で音を立てて一粒の銀杏が落ちる。犬がくわえる寸前、慌てて握ってしまった。みるみる掌が赤く腫れていく。熱を持ち痛みもある。分厚くなった手を犬が舐める。少しずつ姿が変わる

          ヨロイマイクロノベルその28