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ヨロイマイクロノベルその36

351.
泣きながら息子が帰って来る。レバーが背中から生えている。ずっとゲームをさせずに育ててきたのに。絶望的な気持ちになる。レバーを握る。息子が泣き止む。上に傾ける。背が伸びる。効果音すら鳴る。息子はまた泣く。右に入れた途端、「真の保守というのは」などと聞こえ、手を離す。

352.
おにく祭が開かれていると聞いて行ってみたら太った人たちが集まっていた。わたしもそうだから歓迎された。外は開放的でぎゅうぎゅう詰めでも息苦しくない。ただ暑い。ビールとかサイダーが回って来る。お肉は出てこない。遠くから「燃やせ」と聞こえる。でもみんな無視して祭が続く。

353.
バースデーケーキからキャンドルを抜き取る。炎は吹き消したのにきゅうきゅうと鳴って縮んでいく。彼はショックを受けている。だいじょうぶ、こんなのよくあること、と慰める。ケーキの中には石が入っていた。舌に乗せたそれを見せてくる。ハート型だよ、と言って二度目の歌をうたう。

354.
14歳のわたしが布団に入って来て「寒いね」と言う。8歳のわたしが抜け出てトイレにこもる。わたしは眠くて動けない。14歳のわたしが「あと少しで誕生日だよ」と言う。時計を確認する。まだ夜の八時半だ。いつから眠っていたのかわからない。おめでとうを言う準備だけはしておく。

355.
「セイレーンになるぞ」。娘が歌い出す。聴いたことがないメロディで正直、悪くはない。その前に水嫌いを克服したほうがいいよ、と諭す。娘は羽の心配をする。そんなのは用意してあげるから、と励ます。マイクっているの? と娘が尋ねる。わたしは桐箱から母の遺品を取り出して渡す。

356.
ジンベイザメに飲み込まれたまではわかる。そのあと体内で暮らしてるってのも、ぎりぎりわかる。けどそこでウーバー頼むのは違くない? どっちがGPS必要なの、って話。あと、よくもすしざんまい選んだなって。飲まれたとき周りが海の幸だらけだったじゃん。あ、魚、捌けないから? 

357.
ロシアンマンドラゴラに参加させられた。埋まってる側で。つまり俺を抜いても大丈夫。でも周りは本物しかないから、それいかれたら俺も発狂するの? まあ俺だけただの顔だし間違えないよな……っておっさん、全然こっち見てない。完璧に植物然のやつ握って、これだな、とか言ってる。

358.
家内安全を願い庭先で万歳させてもらいます。カニの集団が押し売りにやって来る。どのカニもすでに左右の鋏をあげた状態で興ざめする。強く断ると団長(団長?)から鋏を下ろしていく。やろうかな。しゃきん。前脚が上がる。やめようかな。しゃきき。くり返してしばらく時間をつぶす。

359.
「黒猫を解体します」。生ものでなく言葉をね。ほっとしつつも戸惑う。黒と猫。里と烈火、獣と苗。一つずつ解されていく。犬。草。田。えーと以上です。犬が草を噛んで田んぼへ逃げていく。読めない塊がさみしくこちらを見て、みょー、と鳴く。家で飼うことにしたが名前を決めてない。

360.
リビングの丸時計が1分進んでいる。寝室は1分遅れだ。2つの部屋の間に立つとちょうどいい。わずかな未来と過去を行き来して過ごす。家の外も似たようなものなのだろう。腕時計が見当たらない。何も持たず市民広場へ向かう。世界時計台は高くてよく見えない。細かい雨が降っている。

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