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【禍話リライト】『怪談手帖』より「きつねの宴席」

職場の先輩で今は定年退職されたAさんが故郷で聞いた話。

彼が生まれた町には、かつてやんごとない御方も逗留したという、由緒正しい旅館があり、そこの女将さんというのが彼の母方の叔母だった。
この叔母さんが話していたのが、きつねに化かされた話だという。

ある時その旅館は新聞社からの紹介で、作家や画家を含めた集団のお客を迎えた。
お得意様からの紹介ということで一階と二階、それぞれで一番いい部屋を開けておき、客に選んでもらう形にしたのだが、一階の間に着いて「以前やんごとのない御一行をお泊めした立派な座敷だ」ということを説明したところ、かえって遠慮されてしまいお客達は二階の方を選んだのだという。

時あたかも満月。二階に入ったお客たちが窓を開け放ち、御馳走のお膳を並べて、飲めや歌えやの宴をやっていたその晩。
膳を運んでいた従業員の一人から女将さんは奇妙な報告をされた。

空き室の筈の一階の部屋から話し声がするというのだ。従業員を伴って見に行ってみると、果たして襖の向こうから
 
ガヤガヤ   ワヤワヤ   ワニャワニャ

と何かを話しているような大きな声。更には盃がかち合ったり、箸が皿に当たるときのようなチンチンという音が聞こえてくる。

(お客の誰かが誤って入って、飲み食いしているのか。)
と思い襖に手を掛けた女将さんは、しかしその時背筋に寒気を覚えてその手を放してしまった。
というのも、耳をそばだてても、聞こえてくる内容が判別できないのだ。
囁いたり、小声で話しているというわけではなく、むしろ宴席でありがちな大声で会話しているのに、声の大きさに対して話の中身がさっぱりわからない。
以前軍学校の教師御一行を泊めた際、酔った先生たちが英語やドイツ語で喚き合っているのを聞いたことがあるがそれとも違う。
単語やイントネーションは日本語なのに、何か色々な言葉を出鱈目に並べてそれらしい抑揚をつけて読み上げているだけのような。
話し声や衣擦れ、お膳の音などからすると、一人や二人ではなく十数人はいる。
訳の分からぬ気味の悪さを感じ、女将さんは(念のために…)と自分へ言い訳をしながら帳場まで引き返した。
そこで他に宿泊客がいないことを改めて確認すると、体格のいい男の従業員を連れて戻ってきた。
そうして、「もしもし。」と外から声をかけた上で、返事もなく声が続いているのを確かめると、意を決して襖をソロソロと開いて隙間から覗いてみたそうだ。

するとそこには、何やら妙なものが部屋の真ん中ではなく隅寄りの一角に固まるように座をつくっていた。
全体に青み掛かった灰色をして、汚れた写真か擦り切れた昔の映像の中からそのまま抜け出してきたかのように見えたという。
そんな明らかにおかしな色合いのものが、各々胡坐をかいてお膳を前にして手や足を振りながら、ガヤガヤと言葉になっていない声を上げている。
それぞれの人々、そしてお膳やお椀、箸などの道具は全く同じ灰色をしていて、境目があやふやなまま全てが一塊のように、じわじわと蠢いていた。

普通の人ならそこで悲鳴を上げてもおかしくなかったが、女将さんは持ち前の胆力でグッと堪えて深呼吸をした。
そして傍で固まっていた従業員を促すと、襖をバン!と開け放った。
その瞬間よくある話のようにその人たちは霞の如くフッと掻き消えた――。
訳ではなく、実際には時間差があったのだという。

水が滲むように人々の姿形と発している音が

グニャ  ウニャ  ウャ  ウァ

と曖昧になり、灰色の塊なったそれが蠢くのと一緒に

キュオ  キュオ  キュオ  キュオ

と獣のような鳴くような声が上がった。
そうしてからやっと溶けるように消えていった。

呆然とそれを眺めていた二人はすっかりその像が消えてしまってから部屋の中に踏み込んだ。
招かざる客が蟠っていた場所には汚い水を撒いたような染みと、どこから持ってきたか分からないひどく汚れた古いお椀や徳利、膳の欠けた破片が乱雑に散らばっており、更には動物を解体した時のような生臭い臭いが充満していた。

後で聞くところによれば、獣のような声が上がった時、二階の方でもちょっとした騒ぎが起きていた。
なんでもお客の内、作家の先生が真っ青になっていたそうで。
というのもすっかり聞こし召したその人が宴の最中「一階の座敷にきつねの御一行が入っている。ほら聞こえないか」などとよく分らない冗談を言い始め、手真似などしながら延々と従業員に絡んでいたらしい。

「そんなことを言うから本当にきつねが入ってしまったんだ。」
という話しになった。
妙な噂が立たないように口止めはしたけれど、部屋の後始末など含め大変難儀したのだという。

この話は後年旅館も畳んだ後、叔母さんが家族へ昔語りによくしていた逸話だそうである。
女将になるまで紆余曲折を得てきた女傑とも言える人の語り口は、老いて尚精細且つ雄弁で、右に記した通り講談や落語などで聞かれる「木の葉を乗せてドロン!」と化けるようなきつねの話よりも生々しく不気味な有様が活写されていた。

古い写真や映像のようなものが、生き物みたいにそこにいて染みやガラクタや臭いを残したというのが、Aさんは特に恐ろしかったらしい。
「だからなのかな」とAさんは言う。
「僕、モノクロの写真や映像がそれでトラウマみたいになってしまってねぇ。昔の映画や記録映像とか、つまりよほど古いものに限るんだけどね。何かずっと見てると灰色のナメクジみたいな生き物に見えてくるんだ。【きつね】というのも何かの符丁のように聞こえないか?」
と些か嚙み合わないようなことを、取材時彼は何度も繰り返していた。




※この話はツイキャス【禍話】の語り手【かぁなっき】氏の後輩にあたる、【余寒】氏が独自に収集、編集、執筆を行った怖い話を、以下に記述している配信時に【かぁなっき】氏が朗読したものを書き起こしたものです。



出典:【元祖!禍話 第二十三夜】


    (2022/10/08) (37:10~) より



本記事は【猟奇ユニットFEAR飯】が、提供するツイキャス【禍話】にて
語られた怖い話を一部抜粋し、【禍話 二次創作に関して】に準じリライト・投稿しています。



題名は【余寒】氏の命名、並びに【ドント】氏(https://twitter.com/dontbetrue)の表記に準じています。

https://twitter.com/yosamu_maga

また、【余寒】氏によって過去の作品をまとめた小説などのコンテンツがBOOTHにて販売されています。
本記事の元となった【余寒】氏著『狐の宴席』が【禍話叢書・弐 余寒の怪談帖 二】に収録されています。



【禍話】の過去の配信や告知情報については、【禍話 簡易まとめWiki】を
ご覧ください。


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