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【禍話リライト】『怪談手帖』より「蕪頭(かぶあたま)」

猫仙人】の提供者であるBさんに紹介して頂いた、Eさんという女性の語ってくれた体験談。
彼女の父の実家についての話だという。

「私は人の仕業だって思うんですけど、それにしたって意味が分からなくてぇ、凄く不気味だったんで…」

海岸沿いの道路から上がってすぐ、小さな山の途中に幾つかの民家が集まっており、その内の一軒が父の育った家だった。

「父は高校卒業してすぐに家を出たそうでぇ、私が物心ついた頃には、もうその辺りは小さな限界集落って感じでぇ、お年寄りばかりだった様に思えます。」

とは言え、すぐ側に自治会館があったり観光名所にも近かったりで、人通りは多いしそこまで便は悪くない。

「だからなのかぁ、元々社交的な祖父は年を取っても外に出て色々やってました。対照的だったのが祖母の方でぇ…」

ご近所以外の人付き合いや家から出て何かをする事はあまり好まず、若い頃から祖父が買い物に誘ったり、外で何か好きな事をしろと勧めても、かえって反発する様なタイプだったそうだ。

「『家を管理してしっかり守るのが自分のやりたいことだ』って。そんな祖母を祖父は『遅れてる』なんて言って喧嘩になったりもしていたみたいで、まぁこれは祖父の言い方もどうかと思いますけど。まぁ何にしてもそういう場合も、大体祖母が言い負かして散々にやっつけてたらしいから、兎に角気の強い人だったんです」

孫であるEさんに対しても、祖母は一挙手一投足をチェックしたり、遊びや運動に注文を付けたり、ひたすら厳しかった。

「まぁ祖父は逆に甘やかし過ぎな節がありましたから、その分しっかり躾をしようとしたんだとは思います。でも…」

子供からすれば、【兎に角怖いおばあちゃん】であって、Eさんは小さい頃から父の実家に行くのがあまり好きではなかった。

「嫁姑なのに母とは気が合うようだったのでぇ、まぁ単純に私と性格が合わなかったんでしょうねぇ」

そんな躾の最も苛烈なものに、Eさんの好き嫌いへの叱咤があった。

「私、蕪が大っ嫌いだったんです」

父の実家では、車庫の裏に畑を作り自家栽培をしていたのだが、祖母の好物で祖父も好んだ為か【蕪】。特に【大蕪】と呼ばれる種類が広い面積を占めていた。

Eさんは野菜自体はそんなに嫌いではなかった。
しかし蕪については、元々の好みに加えて祖母の怖さと結びついていて、どうにも受け付けなかった。

「それともう一つ、子供の頃の幻覚みたいなものがあって…」

幼いEさんには、畑に葉っぱと頭を出して並ぶ大蕪が、しばしば人の顔や頭に見えていたのだという。

「なんて言うか、はっきりそう見えるっていうよりは、心霊写真に写ってる顔みたいなぁ……んー…視界の端っこに入った時にそう見えちゃったりぃ…あとは畑の方から誰かに見られてる様な気がしたりぃ…まぁ要するにこれも全部祖母への苦手意識のせいだったんでしょうけどね」

『畑に顔がー!』とか『蕪が見てるー!』とか泣いて訴える言葉は、父や母には子供らしい微笑ましさと映ったようだが、彼女は真剣に怖がっていた。結局、その様な振る舞いを見ても祖母は怒り、Eさんは祖母と蕪がもっと苦手になるという悪循環が生じていた。

「勿論ある程度成長してから、折り合いをつけたんですけどね」

中学校以降の彼女にとっては、母の実家と比べて疎遠な親戚という位のポジションとなっていた。

「それでぇ、私が大学生の頃、祖父が脳溢血で急に亡くなったんです」

父の実家で祖母は独り暮らしとなってしまった。
Eさんの両親は、自分達との同居や老人ホームへの入居、或いはせめてホームヘルパーなどをと打診したのだが、祖母は頑とし首を縦に振らなかった。

「一度言い出したら聞かない人ですから、こうなったらいよいよどうしようも無くなるまで好きにさせるしかないって、根負けして」

ところが、それから一年も経たなぬ秋口の頃。
祖母が自宅の庭先で倒れているのを、回覧板を持ってきた近所の人が発見した。
転倒して頭を打っていたらしく、救急車で病院に運ばれそのまま入院したのだが、結局目覚める事無く亡くなってしまった。

「私達も最期のやり取りも出来なくて、父は大分落ち込んでました」

Eさんは淡々と振り返りながら、
「本題はここからなんですよ」と言った。

「祖母が運ばれた連絡を受けて、父と二人で病院へ駆けつけた帰り、父の実家に寄ったんですけどね」

鍵を開けて入った家の中は、ひどく奇妙な状態だった。
玄関口から廊下、家の中にまで土や泥が散らばっていた。
誰かが土足で上がりこんで、歩き回った様に。

そして室内のあちこちで、おかしな物が幾つも見つかった。
それは端的に言うと、首のない案山子とでも言うべきもので、軸となる竿に男性用の衣服の上下を着せて、腕や足の形に詰め物をして、乱雑に接着してあった。
背広だったり、甚平だったり、シャツだったり。
それらは全て亡くなった祖父の物で、椅子にもたれ掛けさせてあったり、布団の上に寝かせてあったり、壁に立て掛けてあったりした。

そして家の中心、食卓の上には数人分のお膳が出されていた。
お膳の内容は、【蕪汁】【蕪の漬物】【蕪の酢の物】【蕪のそぼろ煮】。
見事なまでに蕪料理ばかりが並ぶ、【蕪尽くし】とでも言うべきものであったが、全く手が付けられておらず、全て腐りかけて黒くなっていた。

Eさんと父は、首を傾げながらそれらを掃除したり処分したりしたが、何故このような状況になっているのかは分からなかった。
家には鍵が掛かっており、不在の間に誰かが入った訳でも無い。
強いて言うなら、庭先に出る位で家に鍵を掛けた祖母の行動が些か不可解だが、当人に訊くことも出来ない。

その日は、「母さんもちょっとボケちゃってたのかもかなぁ…」と言う父のありきたりだが、少し悲しい言葉で納得する他無かったのだという。

「ただ丁度その日から祖母が亡くなるまで、その一週間位の間に……」

Eさんは妙な噂を聞いた。
近所の住民達や自治会館に出入りする人達と話す機会があり、彼らから聞いた。
『山道の途中で、木々の合間に転がる白い顔を見た』とか、
『Eさんの父の実家の近くで、生首のようなものが視界をよぎった』とか、
『草むらの中に、白い額のようなものが埋まっていた気がして、思わず振り返った』とか……

「私、子供の頃の、あの蕪の幻覚を思い出しちゃって…」

そして、普段はその手の話を笑い飛ばした父が、何故か押し黙っているので理由を問いただすと「気のせいだと思うが…」と断った上で、
「この何日か、自分もあの家の周りで何かに見られている様な感じがする」
と、答えたのだという。

その様な体験もあってか、祖母の死後も父の実家は施錠して、電気ガスや水道を止めたままで半ば放置した様になっていた。
しかしEさんの母が二人を𠮟咤し、
到頭ある日、本格的な整理をする為に彼らは再び赴いた。

緩い山道を上り、門を通って、庭へと車を乗り入れる。
幸い冬場ということもあって、草もそこまで伸びていない。
そして車庫の方へと進む途中で、運転席の父がいきなりくぐもった悲鳴を上げて車を急停止させた。

「つんのめった後一拍遅れて、父の視線の先を見て、私も『フワァッ!』って声上げちゃって…」

車庫の影に野良着姿の祖母が、見慣れた不機嫌そうな表情ではなく、ぼんやりとした顔で立っていた。

「ちょっと何!?」と毒づいてから、もう少し遅れて気付いた母も、「ヘェ!?」と短く声を漏らして凍り付いた。

砂利を噛んだまま停止した車の中で、彼らは車庫の向こうに覗く祖母の姿を凝視し続けた。
それは幻の様に消えてしまうのを期待して。

「でも、消えなかったんです。いつまで見ていても、ずっとそこに居るんですよ」

やがて三人の中で、最初に平静を取り戻した母が「見に行く!」と言って、制止の暇もなく車を出た。
やもなくEさんも後を追った。
しかし近づいて行った母が「案山子じゃん!」と、叫ぶのが聞こえた。

「(ヘェッ!?)っと思って、私駆け寄ったんですけど、ホントにそうだったんですよ。それ案山子だったんですよ!」

地面に軸を突き刺して、
野良着の上下を着せ、
腕や足を作り、
首元にはタオルを巻いて、
頭の部分にはまだ土の付いた大蕪を据えた、
そしてその上に日除け帽子を被らせてあった。

それは祖母の良くしていた恰好ではあったが、それでも近づいて見ればすぐに分かる。
というより、離れた距離からでも、普通はすぐに案山子と分かるはずの見た目だった。

「でも…車の中から見た時には、その案山子が確かに祖母に見えたんです…いつもの顔じゃなくて、(ぼんやりしてるなぁ…)ってまで思ったんですから…」

最後に恐る恐る来た父も交えて話し合ったが、やはり意見は一致した。

父曰く、腰を曲げ少し肩を窄めた様な、その案山子の姿勢とポーズの角度は、不気味な位、生前の祖母そっくりのものだという。

「一体誰がこんな悪戯を…」と、母が呟いた。
やれるとしたら近所の誰かとしか思えないが、こんな事をされる謂れは無い。
念の為に、その後近隣中を訊いて回ったが、やはり知らないという人ばかりだった。

「勿論警察にも届けましたよぉ?だって誰かがやったのは間違いないんですから、でもやっぱりはっきりしなくて…何かが盗まれたり、壊されたりした訳でも無いし……」

【祖母の案山子】は、すぐに壊したり処分したりするのに抵抗を覚え、一旦そのままにしておいたら、どういう訳かほんの少し目を離した隙に消えていたのだという。

「誰かが盗って行ったんでしょうけど…明らかにおかしいと言うか……それに──」

Eさんはその後、何人かの近所の住人から『奇妙な速さで山道を下って行く祖母に似たモノを見た』という話を聞いてしまった。

「勿論信じた訳じゃないですよ!?でもなんだか、いよいよ気味が悪くなっちゃって…結局父の実家も、畑も、それ以降は手付かずのままになりました……」

冒頭にも述べた通りEさんご本人はこの一件を、所謂超常現象の類とは思っていない。
確かに殆どが人間の手によって説明出来る事ではあり、その他も思い込みとして処理出来る範囲ではある。

僕自身(怪談手帖の筆者 余寒氏)状況を見る限り、例えば『土地に絡んだ嫌がらせ等の線もあるのではないか』というのも正直な感想だった。

ただ、Eさん曰く、
「あの時、鍵の掛かった家の中で見つけた首のない案山子…あれの意味をどうしても考えちゃうんですよ……私が子供の頃見た幻覚と、あの家の周りでお父さんや他の人が見たものとか………なんだろ、馬鹿みたいな【蕪人間】が信じてないのに頭の中に組み上がっちゃうって言うか…」

幾らか混乱した様な口調でそう言ってから彼女は、「でも、もしそんな風に考えちゃったら…」と続けた。

「まるで祖母が、人の頭とか、生首とか、そういうモノを誰かに御馳走として振る舞ってたみたいですよね?」

言ってる意味を、自分でもあんまり理解していない様な、そんな些か異様な様子で、Eさんはそのような言葉を取材の終わり際、何度も何度も繰り返していた。



※この話はツイキャス【禍話】の語り手【かぁなっき】氏の後輩にあたる、【余寒】氏が独自に収集、編集、執筆を行った怖い話を、以下に記述している配信時に【かぁなっき】氏が朗読したものを書き起こしたものです。


出典:【禍話2024夏の納涼祭 第二部・余寒怪談三連発!キミは耐えられるか!】

    (2024/07/20) (11:13~) より


本記事は【猟奇ユニットFEAR飯】が、提供するツイキャス【禍話】にて
語られた怖い話を一部抜粋し、【禍話 二次創作に関して】に準じリライト・投稿しています。



題名は【余寒】氏(https://twitter.com/yosamu_maga)の命名、
並びに【ドント】氏(https://twitter.com/dontbetrue)の表記に準じています。


また、【余寒】氏によって過去の作品をまとめた小説などのコンテンツがBOOTHにて販売されています。


【禍話】の過去の配信や告知情報については、【禍話 簡易まとめWiki】をご覧ください。


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