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【禍話リライト】『怪談手帖』より「星泥棒」

「余寒さんの集めたお話って、片親の話がかなり多いですよね?」

聞き取りの席で、F君はいきなりそう言った。

面食らったが、言われてみればその通りである。
僕自身(怪談手帖の筆者 余寒氏)、母子家庭で育ったから、知らず共感して採用が多くなってしまうものか。
或いは、怪異の出現に心理的な不安状態が関係しているとすれば、ある程度は必然的な傾向であるかもしれない。

そんなことを小難しく並び立てていると、F君が苦笑しながら、
「かく言う僕もそうなんですよ。余寒さんと違って一人っ子ですけどね」
と言った。

「この話も、母との二人暮らしで、小さい頃に見た、妙なもの……そう!妙なものの話なんです」

F君は丁度物心つく前ほどに父親と死別した。
そんな彼が幼少期を過ごした貸家というのが、相当なボロ屋であった。

「床にビー玉を置いたら、自然に片側に転がって行くんですよ。買ってきたミニカーも勝手に走る。その位の代物で」

何でも生前の父が『出窓でウイスキーを飲みたい。』などと言って、部屋の一つだけを見て決めた家だそうだが、結局父は越してきて一年も経たぬ内に鬼籍に入ってしまった。

「残されたのは、ボロ屋と僕たちだけ。しかもボロいから、夏は暑くて、冬は寒いんです」

幼いF君は、いつも母と布団を並べて体を寄せ合って寝ていた。
夏は未だしも冬はかなり辛かったという。
それでも彼は、その場所に奇妙な魅力を感じてもいた。
寝床から見上げる高い窓には、ガラス越しの澄んだ空がよく見えたからだ。

「特にね、凄いんです、星が」

晴れた冬の夜などには、深い藍色に染まった窓の一面に、いっぱいの光が瞬いていた。

シンシンと冷え込む部屋の中で、布団を顔の下まで引き上げて、その輝きをただじっと眺めている時間は、今でも忘れられないという。

「でも、それだけじゃなかった」

F君はどこか茫洋とした不思議な眼差しで、続けて妙な事を言った。

「盗られるんですよ」

「盗られる?」

例によってオウム返しとなってしまった僕へ彼は頷く。

「星が…盗まれるんです」

どういう事なのかうまい相槌を打てぬまま、怪訝な表情で先を促すしかない。
それも見越したように彼は、淡々と説明した。

「腕が出てくるんですよ。窓の左側から」

真っ黒い人の片腕のシルエット。
彼曰くまさに影そのものとしか言えないようなそれが、星を散らしたガラスの上へと、そろりそろりと伸びてくる。
手のくせにまるで、抜き足差し足をしているかの如く忍びやかに。

やがて伸ばされた影の黒い指先が、瞬く星の上に重なる。
するとその星は、パッと消えてしまう。

指先は何かを握りこむようなジェスチャーをしつつ、次の星へと伸びる。
それが幾度となく繰り返される。

星が全て消えてまっさらな夜空が現れる頃。
F君はいつの間にか微睡み、寝入ってしまっている。

「まぁありえない光景ですよね。そもそもあんな高いところから人が手だけ出せるはずがないし。子供心にも、(夢…なんじゃないかな?)って思ってましたし」

幼い彼はそれを【泥棒の手】と呼んでいた。
【こわい】というよりも何か、【ズルい】という気持ちがあったのだ。
と、F君は小さく呟いた。

「母はいつも起きてくれませんでした。だから僕もそのうち諦めちゃって」

彼ら親子が二人でその家に住んだおよそ一年間。
【泥棒の手】は、星の夜の度に現れ続けたという。

そのうちF君の卒園を期にそこから越してもう少し状態のマシな隣町のアパートへと移った。

「中学になった頃だったかなぁ…。ふと懐かしくなってね、あのボロ屋での話を、母さんとしたんです」

貧乏暮らしと家の酷い有様の笑い混じりの苦労話から、ふと【泥棒の手】のことへF君は言及した。
勿論小さい頃に見た夢のようなものとして。

ところが…。

「『夢じゃない』って…」

F君の母は、彼の言葉を静かに否定した。
そして少し迷いながら言った。

『窓に映っていたのは星なんかじゃない』と…。

『空の星はあんな風にパチパチ瞬いたりしない。全部人の目だったんだよ、あれ。私とあんたをズゥーっと覗き込んでた』

何も言えなくなってるF君に母はさらに逡巡しながら、
『あの黒い腕。あれは多分お父さんだと思う』
と告げた。

「そっちはね、なんとなくそんな気がしてたんですよ。何の根拠もないけど、(お父さんなのかなぁ)って」

カップを干して溜息をついた彼に僕は、「つまり…」と声をかけた。
「お父さんがお化けから守ってくれてたんですかね!?」と。

しかしF君は少し皮肉気な笑みを浮かべ、「違うと思います」と言った。

F君の父というのは、生前相当な浮名を流した人だった。
何をするにも自分の心にばかり正直で、妻を含め随分な数の女性を泣かしていたという。
そんな人が、死んだ後まで出てきて、まるで宝石のように漁るものとは…?

「だからぁ、あの手を見た時…。【こわい】じゃなくて、【ズルい】なんて思ってしまって…。やっぱり僕にも親父の血が流れてるってことなんですかねぇ?」

彼はくぐもった声でこの小さな幻想譚を結んだ。



※この話はツイキャス【禍話】の語り手【かぁなっき】氏の後輩にあたる、【余寒】氏が独自に収集、編集、執筆を行った怖い話を、以下に記述している配信時に【かぁなっき】氏が朗読したものを書き起こしたものです。


出典:【禍話インフィニティ 第四十二夜 余寒三本立て!】


    (2024/05/04) (39:10~) より


本記事は【猟奇ユニットFEAR飯】が、提供するツイキャス【禍話】にて
語られた怖い話を一部抜粋し、【禍話 二次創作に関して】に準じリライト・投稿しています。


題名は【余寒】氏の命名、並びに【ドント】氏(https://twitter.com/dontbetrue)の表記に準じています。

https://twitter.com/yosamu_maga


また、【余寒】氏によって過去の作品をまとめた小説などのコンテンツがBOOTHにて販売されています。


【禍話】の過去の配信や告知情報については、【禍話 簡易まとめWiki】を
ご覧ください。

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